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私が懸賞から足を洗った理由
ある日、実家に帰省すると、母が渋い顔をしていた。
「このハガキ、どうしよう?」
テーブルには、大量の官製ハガキが積まれていた。聞けば祖母が、買い込んだものの、結局ほとんど使われないまま放置していたらしい。
「これ、使えるの?」
私が尋ねると、母はため息交じりに「もう誰もハガキなんて送らないしね」と返す。確かに、今の時代に手書きで近況報告なんて送れば、届く頃にはその内容が変わっている可能性すらある。
しかし、捨てるには惜しい。この大量のハガキを無駄にするのはもったいない。私は意気込んで宣言した。
「懸賞に使おう!」
母は「当たるわけないじゃない」と苦笑いしていたが、私はすでにスマホ片手に「当選率が高い懸賞」というワードで検索を始めていた。
ネットには無数の懸賞情報が転がっていた。旅行券や家電、高級食材……しかし、私は堅実に「当選率が高そうなもの」を狙うことにした。ターゲットは、地元スーパーのキャンペーンや地域限定の景品。応募条件も「〇〇の商品を3個購入してバーコードを貼り付ける」という現実的な条件がメインだ。
最初に狙ったのは、地元メーカーの「限定エコバッグ」
まずは運試しと軽い気持ちで応募したところ、なんと当選! 郵便受けには、簡素に「この度はご当選おめでとうございます」と当選通知が入っていた。
しかし、そのエコバッグはペラペラで中途半端なサイズ感。エコというより経費削減の努力を感じる作りだった。
「まあ、当たっただけラッキーか」
私は調子に乗り、次々と懸賞に応募するようになった。
「オリジナルのクリアファイル」「地元キャラの特製タオル」「限定ステッカー」——半年のうちに当選通知は細々と届いたが、開封するたびに「これ……使う?」というアイテムばかり。それでも当たること自体が面白く、気づけば懸賞に夢中になっていた。
次第にハガキは減っていくが、ふとした疑念が湧いた。
「……応募に使った分のお金、ペイできてる?」
応募条件の多くは「対象商品を〇個購入」が多く、私は普段買わない商品を買い込んでいたのだ。
少し心が折れかけたある日、郵便受けに大きな封筒が届いた。「ついに大物が当たったか!」と興奮しながら開封すると、中には「特製レトルトカレー」のセット。カレーは嬉しい。だが、その瞬間、私は頭の中で計算を始めた。
その応募条件は1,500円以上を購入したバーコード。
当選したカレーセットの値段(ネット通販価格):1,200円
「……買ったほうが安い」
ここで私はようやく懸賞への熱が冷めた。机の上に残ったわずかなハガキを見つめながら「これ以上応募を続けても赤字の当選を増やすだけだ」と悟り、手を止めた。
それでも、一つだけ役立った懸賞品がある。それは「地域限定の特製タオル」だ。知らない地域のキャラクターが全面に描かれたデザインは微妙だったが、その吸水性の良さに気づき、一軍入りを果たした。
そのタオルは日々の活躍を続け、最終的には雑巾へとランクダウンしながらも、最後まで見事にその役割を全うした。
懸賞に振り回された日々は赤字だったけれど、このタオルの貢献だけは間違いなくプライスレスだった。擦り切れて消えかけたキャラクターの顔を見つめながら、私はそっと呟いた。
「……あんた、うちのタオル史上、MVPだよ」
もちろんタオルは答えない。それでも、擦り切れたその姿が、どこか誇らしげに見えた気がした。
そうして私は、もう二度と懸賞には手を出さないことを心に決めたのだった——たぶん。