遠野物語97

飯豊(いいで)の菊池松之丞(まつのじょう)という人が急性の熱性疾患(腸チフスの類)を病み、何度ももう息を引き取ろうかというとき、自分は田んぼに出でて菩提寺であるキセイ院へ急いで行こうとした。足に少し力を入れたら、はからずも空中に飛び上り、だいたい人の頭ほどのところを次第に前下りに行き、また少し力を入れれば昇るのをくりかえした。何とも言えず心地よい。寺の門に近づくに人が群っていた。どうしたことだと訝しみつつ門を入ると、紅い芥子の花が咲き満ちて見渡すかぎり拡がっている。いよいよ心地が良い。この花の間に亡くなった父が立っている。お前も来たのかという。これに何か返事をしながらさらに行くと、以前亡くした男の子がいて「トッチャお前もきたか」という。「お前はここにいたのか」と言いつつ近よろうとすれば「今きてはいけない」という。この時、門の辺りで騒しく自分の名を呼ぶ者がいて、うるさいことこの上ないけれど、どうしようもなく心も重くいやいやながら引き返したところ正気に戻った。親族の者が寄り集って水などをかけ呼びかけて生かしてくれたという。

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