遠野物語95

松崎の菊池某という今年四十三、四歳の男、庭作りが上手で、山に入り草花を掘っては自分の庭に移し植え、形の面白い岩などは重いのをいとわず家に担いで帰るのを常としていた。ある日、少し気分が重いので家を出て山で遊んでいたところ、今まで見たこともない美しい大岩を見つけ。いつもの道楽なのでこれを持ち帰ろうと思って、持ち上げようとしたが非常に重い。あたかも人の立っている形して高さもほとんど人くらいある。しかし、ほしさのあまりこれを背負って、我慢して十間ばかり歩いたが、気の遠くなるくらい重いので怪しく思って、路のかたわらにこれを立てて少しもたれかかるようにしたところ、そのまま石とともにすっと空中に昇のぼり行く心地がした。雲より上になったように思ったが、じつに明るく清いところで、あたりにいろいろな花が咲き、しかもどこからともなく大勢の人の声が聞こえる。しかし石はますます上昇し、ついには昇り切ったのか、何もわからなくなった。その後、時が過ぎて気付いた時は、やはり以前のように不思議な石にもたれたままであった。この石を家の内へ持ち込んではどんなことが起こるかわからないと、恐ろしくなって逃げ帰った。この石は今も同じところにあり。たまにはこれを見て再び欲しくなることがあるという。