遠野物語86

土淵村の中央で役場小学校などがあるところを字本宿（もとじゅく）という。ここで豆腐屋を生業としている政という者は、今年三十六、七歳くらいになるだろう。この人の父が大病で死にかけていたころ、この村と小烏瀬（こがらせ）川を隔てたる字下栃内（しもとちない）で工事があって、地固めの堂突（どうづき）をするところへ、夕方に政の父がひとりで来て人々に挨拶し、おれも堂突をしなくてはといって暫時仲間に入って仕事をし、少し暗くなって皆とともに帰った。あとになって人々あの人は大病のはずなのにと少し不思議に思ったが、後に聞けばその日亡くなったとのことである。人々はお悔みに行って今日のことを語ったが、その時刻はあたかも病人が息を引き取ろうとするころであった。