短編小説「木を登る」
「おじさんも一緒にかくれんぼしようよ!」
かわいい子供たちだ。だが今日は残りの時間、この公園のベンチで優雅に小説を読むと決めたのだ。
「おじさんじゃなくてお兄さん。今忙しいからごめんな。」
「お兄さん!かくれんぼしようよー」
「ごめんな」
「いやだ!しよー!」
「じゃあ、一回だけな。」
かくれんぼには小さい頃のトラウマがある。
みんなが俺を見つけるのを諦め、知らない間に帰ったのだ。しかもでかい木の上に隠れていた俺は怖くて降りられなくなり、夜中に母さんが探しに来るまで、暗い木の上で泣き続けた。
俺の人生の中で一番あれが怖かったかもしれないな。
「じゃあ、30秒目をつむっといて!」
「俺が鬼なのか。おし、すぐ見つけてやるぞ」
手で目を隠してうずくまり、頭でカウントを開始する。
「声に出して数えて!お兄さん!」
嘘だろ。25の男が公園の真ん中で大声で数を数えるのか。…仕方ない、恥を捨てるか。
「いーち!にーい!」
「わーー!隠れろー!」「キャーーー!!」
一気に賑やかになったな。
「カズマくんここ隠れよう!」「レイナちゃん頭見えてるよ!」
子供たちは大声で居場所を伝えてくる。
「にじゅうきゅう!さんじゅう!」
ここで決まり文句のあれだな。
「もーいいかーい!!」
するとあちらこちらから聞こえてきた。「もーいいよー!」
子供たちは次々に見つかった。水道の裏、遊具の上、砂で作った山の後ろ、トイレの中。みんなわかりやすいところばっかりだ。
一通り探し終えたあと、子供たちに尋ねた。
「あと、何人だ?」
「えっと、あと一人だよ!ケイタくんだけ!」
ケイタくんの捜索は夕方まで続いた。最後の方は子供たちも一緒に探したが、結局見つからなかった。
「ねえお兄さん、もうケイタくん帰ったのかな?」
たしかに、そうかもしれない。これだけ探して見つからないのは、そう考えるのが自然だ。
「たしかに、そうかもしれないな。」
そう言った瞬間、トラウマが蘇った。小さい頃の俺が泣く声が聞こえる。暗くて、出口のない空間。風に揺られ鳴る葉や耳元で飛ぶ虫の音。足を滑らせるかもしれない恐怖。そうだ。木の上を探していなかった。
「みんな、多分ケイタくんは木の上だ!絶対に登るなよ!見上げて声をかけろ!いたらお兄さんに教えてくれ!」
「おーー!!!」
子供たちは公園中の木を探し始めた。
しかし結局、ケイタくんは見つからなかった。
これは本当に帰ったのかもしれない。
「そうか、木の上にもいないとなると、ケイタくんは本当に帰ったのかもしれないな。」
するとまた、頭の中で小さい頃の俺が泣く。声も出ないほど高い木の上。そうだ。ここで帰られたから俺はあんな目にあったんだよ。ケイタくんがいる可能性がまだ1ミリでもあるのならおれは諦めない。
「俺が、木を登ってくる。地面から見上げるだけじゃ見えないほど上にいるかもしれないからな。」
「絶対そんなことないよー。ケイタくん家に帰ったんだよきっと」
「そうだよ!そんな上まで登れるはずないもん」
子供たちがそう言いたくなる気持ちはわかる。だが俺は諦めない。楽しくてつい上まで登ってしまう気持ちもわかるから。
「それもそうだな!そんじゃ解散だ!楽しかったな!気をつけて帰るんだぞ!」
暗くなってきたため、子供たちを先に帰らせる。
「わかった!お兄さんバイバーイ!楽しかったよー!」
子供たちがいなくなったところで、俺は一番でかい木に登り始める。
「ケイター!ケイター!!」
半分ほど登った時、弱々しい泣き声が聞こえてきた。
「ケイタ!」
さらに登ると、まるでナマケモノのように一本の枝にしがみつくケイタがいた。
「ケイタ!みつけたぞ!さあ、手を出してごらん。一緒に降りるぞ。」
ケイタは俺の顔を見ると、安心したのかさらに泣き出した。
「怖かったな。頑張ったな。」
ケイタを抱えて木を降りる。正直俺も怖かった。地面がこんなにもうれしく感じる。
「ごめんなさい。もう登りません。」
ケイタは俯きながら、しゃがれた声で言った。
ふと思った。それは、いいことなのだろうか。
あのトラウマを経て降りる時のことを考えるようになり、俺は二度と木を登らなかった。後のことを考えずに意気揚々と木を登っていたあの頃の俺の方が、輝いていただろう。
「何を言ってんだ。木を登るケイタの方が、かっこいいぞ」
ケイタが顔を上げる。
「あんなところまでケイタは登ったんだぞ!すげえよ。男だ。登らないと見えてこない景色もあるじゃねえか。」
ケイタは、少しは泣き止んだようだった。
家まで送った後、ケイタは笑顔で言った。
「ありがとうお兄さん!また遊ぼうね!」
今日は、優雅に小説を読むよりも、いい一日になった。