短編小説「7秒に賭けたオタク」
親からの仕送りは、グッズやライブ、イベントや配信でみるみる無くなっていく。それほどりなちゃんを愛している。
誰よりもりなちゃんを知っているし、りなちゃんも俺のことを覚えてくれている。勝機はある。
この握手会で、俺はりなちゃんに番号を渡す。
握手を利用して、自分の電話番号を書いた紙をりなちゃんに渡すのだ。
「次の方、どうぞ」
俺の番が回ってきた。
大事なのは、紙を渡したことを剥がし役(スタッフ)に悟られないようにすることだ。
りなちゃんが紙に驚いたり、会話が明らかに不自然だったり、そもそも紙が見えてしまったりしたら、バレる。
イメトレは死ぬほどこなしてきた。
これからの7秒間に、俺のオタク人生の全てを賭ける。
ブースに入ると、緑の新衣装のりなちゃんが笑顔で待っていた。可愛い。この世の何よりも可愛い。その笑顔に何度癒されたことか。
りなちゃんは俺の顔をみると、驚きと喜びの表情に変わった。
「しゅんさん!来てくれたんだ!!」
これだけ人気になっても、古参ファンの名前を覚えておいてくれる。なんて愛くるしいのだろう。
「あ、当たり前じゃん。新衣装可愛いね」
そう言いながら、紙を持った手を伸ばす。りなちゃんが笑顔で俺の手を握ったその時、りなちゃんの表情が変わった。
「え?何これ?」
手の中の不自然な感覚にりなちゃんは驚き、言及してしまった。
...終わった。一瞬で悪いビジョンがすべてよぎる。これから俺は裏に連れていかれ、問い詰められ、ブラックリストに登録され、二度とりなちゃんと会えなくなるのだろう。こんなこと、やるんじゃなかった。
「...あ、えっと...」
何も言葉が出ない。
「しゅんさんその服!年末ライブのやつだよね!嬉しいな」
「え、あ、うん...。」
「時間です。」
剥がし役が俺を引き剝がす。何が起きたかわからない。が、一つだけ確かなのは、りなちゃんが紙を受け取ってくれたということだ。
「ば、ばいばいりなちゃん!」
りなちゃんは最後まで笑顔だった。
深夜0時。
鳴らないスマホを眺めて6時間が経った。家に帰ってから何もせず、ただずっと電話を待っている。
あの時紙に驚いたあと、りなちゃんはすぐに俺の意図をくみ取り、気を利かせて話を変えてくれた。なんていい子なのだろう。俺はもう、りなちゃんがいないと生きていけない。声が聞きたい。
突然スマホが鳴り始めた。知らない番号だ。
全身から汗が噴き出る。震える手で応答ボタンを押し、耳にスマホをあてる。
「もう、家に帰りついたかな?」
その声はりなちゃんではなく、汚らしい男の声だった。
「今日、番号を渡してくれてありがとね。やっぱり俺に気があったんだね、りなちゃん。ライブでもよく目が合うもんね。」
握手会で後ろに並んでいた男の声だった。