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短編小説「暖炉に誰かの宝物」
男の住む家には、長い間使われていない暖炉があった。その暖炉には不定期に、「誰かの宝物」が落ちてくる。ある日は記念写真、ある日はサッカーボール、またある日には結婚指輪まで落ちてきた。その度に男は、どこかで困っているであろう持ち主を思い、いたたまれない気持ちになるのであった。
ある日、記録的な寒さとなった。毎年冬になっても暖炉に火をつけない男であったが、その日ばかりは我慢ができなかった。暖かい暖炉の前に包まり、夜を耐え忍ぶ。翌朝、暖炉の中には、丸焦げのクマのぬいぐるみが転がっていた。
男は海に来た。溜まりに溜まった宝物たちを、全て海に流すためだ。
「警察は話を信じてくれないだろうから、この広大な海に託す。どれか一つでも、持ち主のもとに届いてくれ。」
男はこの冬を生き抜くため、罪悪感を恐れる事をやめたのだ。
ゆっくりと、だが確実に宝物たちは遠くへ流されていった。だんだんと見えなくなる宝物たちは、男に妻を思い出させた。病により衰弱していく君と最後に撮ったあの写真はどこに行ったのだろうか。失くしたと言っても、君は怒らないだろう。とても暖かい人だったから。きっと今も、あの水平線の向こう側から、更にもっと遠い場所で見守ってくれているのだろう。
宝物たちが見えなくなったとき、男はどうしようもない感情に襲われた。それは宝物たちが持ち主のもとにちゃんと届くのかという心配ではなく、その持ち主が喜んで宝物を抱きしめる姿を想像したことによる嫉妬であった。
「なぜ私だけ。。なぜ君は暖炉に落ちてこない。。。!!」
入り交じる感情のまま海へ入り、宝物たちを追いかける。妻が死んでから続いた色のない日々から逃げるように、海の中心へ進んでいく。激しい寒さにも構わず、決して手の届くことのない水平線に向かって泳ぎ続ける。体の自由が効かずとも、必死にもがき水平線を目指す。君のいる場所へ。君のいる場所へ―――
それから、男が帰ってくることはなかった。
その夜、暖炉に何かが落ちた。それは男と妻が楽しそうに笑う写真だった。
遠い海のとある漁師が、海に浮かぶ黒い物体を発見した。それは、あの時からだいぶ変わってはいるが、確かに亡くなった娘の宝物だった。漁師はそれを抱きしめ、船の上で泣き続けるのであった。