短編小説「非沈黙サウナ」
「あの駅前に新しくできた飲み屋行ったんすよ」
「お、どうだった?かわいい店員さんはいたか?」
普通こんな大声でサウナで喋るか?何十ものサウナを回ってきたが、ここはダントツでうるさい。
サウナは静かに楽しんでこそだが、こいつらはイかれてるらしい。
「いたんですよ。その子結構ドジで、よく注文間違えたり、卓番間違えたりしてて、そこがまた愛くるしいというか。」
「顔が可愛いとドジってのもポイントだな!お前は若いんだから声かければいいじゃねえか」
俺がいることを知っていてこの声量なのが頭にくる。マナーというものを知らないやつらだ。俺の休日の楽しみを邪魔しやがって。
「実はもうLINEもらってて。」
「マジか!お前やるな!順調か?」
・・・熱くないのか?
このサウナは俺の知る中でダントツで熱い。
この俺でさえもう限界に近いというのに、こいつらは涼しい顔をしている。
「それが、プロフィール画像が湘南乃風の歌詞なんすよ。」
「あちゃー、それはマイナスだな。湘南乃風に限らず、歌詞画像は痛い。あれか、『目を閉じれば億千の星』みたいなやつか。」
こいつらより先に出たくはない。全国のサウナを嗜んできたこの俺が、こんなマナー知らず共に負けるわけには行かない。
「違います。『俺!俺!俺!俺!Ole!Ole!』の部分です。」
「そこかよ!」
そこかよ!そこなら多分面白い子じゃねぇか!・・・いかん、つい奴らの話に引き込まれてしまった。
余計な頭を使っちゃダメだ、体力を消耗する。
「実はもう、一度デートしたんです。その子が好きな歌手のライブにいきまして。」
「進展はやいな!」
死にそうだ。熱い。もうダメかもしれない。
「いい声でしたね、天童よしみさんは」
「湘南乃風じゃねえのかよ!」
湘南乃風じゃねえのかよ!てか天童よしみ?!
湘南乃風と天童よしみの両方を好きな人間なんかいるのか?!
「いや、湘南乃風のライブのゲストに天童よしみさんが来られたんです。」
「天童よしみ何してんだよ!」
天童よしみ何してんだよ!
あんたタオルぶんぶん振り回せるほど元気なのか?!
「で、ライブ終わった後、その子を家まで送ったら、家あがらせてもらえて。」
「マジか?!最高だな!」
なんなんだこいつら、面白い話しやがって。
しかし俺はもう限界だ。この話の続きも気になるが、負けを認めて出ることしよう。
「部屋中、平井堅のポスターだらけでした。」
「なんで?!」
「なんで?!」
・・・あ。しまった。声が出てしまった。
「す、すみません突然。」
「いえ、こちらこそ声が大きかったですかね、申し訳ないです。部長、水風呂で話の続きをさせてください。」
「そうしようか。君、すまなかったね。」
そういって2人は、サウナの外に出ていった。
・・・勝った。勝ったのになんだこの満たされない感情は。私は、続きが気になっている。あの話の続きが気になっている。
外に出ると、水風呂に彼らの姿はなかった。他の浴槽にも、彼らの姿はない。清掃員のおばちゃんに彼らがどこに行ったのかを聞く。
「ああ、あんた知らないのかい。その人らはサウナの中で面白い話をして、客が外に出たくても出られない状況を作って楽しむ幽霊さ。話はどこまで聞けた?」
なんだそのタチの悪い幽霊は。
「平井堅のところまで聞けました。」
「まだまだだね。部下の方の幽霊と、話に出てきた女の子が社交ダンスで日本一になるところまで聞けたら一流のサウナーよ。」