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短編小説「俺が神経衰弱に勝ったら、付き合ってください」

マサキと四谷さんは両想いだ。本人たち以外みんな知っている。
これは、2人の想いを懸けたタイマン神経衰弱だ。


中学生活においての最大のミッション、「修学旅行で女子部屋に忍び込む」を成功させた俺とマサキだったが、もはやこの状況、俺の恋愛はどうでもいい。
「俺が神経衰弱に勝ったら、付き合ってください」と言い放ったマサキの目は真剣だった。部活の大会の時と同じ目をしていた。
一方、四谷さんは困り照れていた。変わった条件に困り、どこか真っ直ぐなその言葉に照れていた。
ちなみに、なぜマサキがそういう思考に至ったのかは、俺にはわからない。


カードは全部で10枚。1~5が2枚ずつだ。カードを混ぜるマサキの手には震えが見える。ほぼ告白ともとれる先程のマサキのセリフ以来、2人は一言も喋っておらず、この部屋は静かだ。2人の心拍音が聞こえてきそうだ。
俺と、他の女子3人は二人を囲むように座り、試合を観戦する。突拍子もなく始まったこの興味深い一戦を、見逃すわけにはいかない。
さて、これからマサキは勝ちに行き、四谷さんは負けに行くであろう、天然の八百長神経衰弱が始まる。


「先攻後攻を決めるジャンケンをしよう」
カードを場に並べ終わったマサキは、少し震えた声で言った。
実は神経衰弱は、後攻が有利だ。先攻の一発目から揃う確率は低い。しかも先攻は、その2枚の位置情報を相手に与えることになる。ここは、マサキがジャンケンに負けて、後攻になる方が都合が良い。頼むぞ、マサキ。負けてくれよ。
「ジャンケンポン」
マサキが勝ってしまった。観戦組は落胆した表情を見せる。10枚という少ない枚数で行う試合なので、この失敗は尚更響いてくる。

「じゃあマサキ、先攻と後攻、どっちにする?」
そう口を開いたのは、観戦組の女子、櫻井だ。櫻井は、ジャンケンに勝った方が先攻後攻の選択権を得られるというシステムに、ごく自然に持ち込んだのだ。なんて気が効くのだろう。もはや恋のキューピッドだ。
「え、もちろん先攻で。」
全員が思い出した。そういえばマサキはバカだった。四谷さんと部活のことしか頭にない、真っ直ぐなバカだった。櫻井は呆れを通り越して、こみ上げる笑いをこらえていた。

そういえば、「カードは全部で10枚にしよ、長引くのも疲れるし」と、気を利かせてしれっと短期決戦に仕向けたのも櫻井だ。神経衰弱は、カードが少ないほうが八百長しやすいと考えたのだろう。もっとも、この状況ではそれが裏目に出ているのだが。

1ターン目、マサキがめくったカードは、だった。幸先が悪い。なんなら先攻で5連続揃えて勝って欲しいところだったが、そう上手くは行かない。「なにやってんだよ」との声が観戦組から聞こえてきそうだった。
四谷さんのターンだ。もしこのターン、1枚目で2や5を引いたら、流石に揃えないと不自然な状況になるため、それは避けたい。全員、マサキのごく自然な勝利を望んでいるのだ。恐る恐る四谷さんがめくったカードは、だった。全員がホッとした表情を見せる。続いて、2枚目を引く。最悪だ。だ。揃ってしまったのだ。

四谷さんは落ち着いた動作で、4を2枚自分の横に揃えておいた。しかし観戦組はわかりやすく絶望の表情を浮かべている。
肝心のマサキだが、完全に焦っていた。手を膝につき背筋をピンと伸ばした、小学生のするような正座だ。しかし焦りながらも目は本気なようで、先程の2と5の位置を忘れないように場のカードを凝視していた。そうだマサキ。取られてしまったのはしょうがない。くじけずに頑張れ。


と、ここでおかしなことが起きた。四谷さんが次のカードをめくろうとしないのだ。神経衰弱は、一組揃えたら連続で自分のターンというルールがある。これが神経衰弱の醍醐味だ。誰でも知っているルールだろう。
「なにしてんの、マサキの番だよ」
そう言ったのは櫻井だった。そうか。今、この部屋の全員が、2人のために神経衰弱の醍醐味を消そうとしている。このルールがない神経衰弱などもはや面白みがないが、今はどうでもいい。気づけ、マサキ。四谷さんや櫻井の親切に気づけ。
「え、いや、今揃ったからまた四谷さんの番でしょ?」
呆れた。こいつってこんな馬鹿だったっけ。
「何そのルール。マサキの家のローカルルール?」
「私もそんなルール知らない」
観戦組が一体感を見せる。全国規模で浸透している神経衰弱の醍醐味が、今この場ではローカルルールとして笑われる。
「えー、そうなんだ。俺ずっと間違ってた」
確かにお前はずっと間違っている。


マサキは新しい場所のカードをめくった。だ。先程でた2の場所、覚えているだろうマサキ。お前もようやく1組ゲットだ。
2枚目のカードをめくろうと、マサキの手が伸びる。しかし全員が目を見開く。その手が向かう先は明らかに、5の場所だった。
全員が失望した。ローカルルール云々の話をしている間に、お前の記憶はもう乱れたのか。5のカードをマサキの手が掴む。そしてめくろうとしたその時だった。

マサキの手を、四谷さんが強く握っていた。カードをめくるマサキのその手を止めるために、強くその手を握っていた。マサキの顔が赤くなる。四谷さんの顔はもっと赤くなる。観戦組は、顔を手で隠しジタバタと悶絶する。
おそらく、今まで百人一首でしか起こり得なかったタイプの事故だ。まさか神経衰弱でこのラッキーに立ち会える日が来るとは思ってもいなかった。

2人は3秒ほど手をつなぎ、四谷さんの方からゆっくりと離した。
「こっちじゃなかったか」
と、笑うマサキ。目を合わせないまま頷く四谷さん。そして、マサキはもう一枚の2に手を伸ばし、それをめくった。揃った二枚の2を、自分の横に揃えておくと、マサキは深呼吸をし、四谷さんの目をみる。


「四谷さん。ちゃんと言います。神経衰弱に頼った俺が情けなかったです。」
悶絶中の観戦組が、マサキの言葉に耳を傾ける。
「好きです。大好きです。お願いします。ぼくと付き合ってください。」
マサキが四谷さんに向かって手を突き出す。もはや神経衰弱の勝敗など誰も気にしていない。全員で作り上げた偶然からなる、この告白の行方にしか興味がない。
四谷さんは、数秒照れた表情を見せたあと、再度マサキの手を強く握り、笑顔で言った。
「お願いします。」


部屋が弾けるようだ。全員が、自分のことのように喜んだ。女子は抱き合い、喜びを共有している。
マサキはその手を離さず、喜びを噛み締めていた。


マサキは男を見せたのだ。ここにいる全員に魅せつけた。不器用で馬鹿なマサキが、自分なりの真っ直ぐを四谷さんに提示した。
仲間の告白の瞬間に立ち会った俺は、深く感動した。マサキの打ち鳴らした愛は、俺にも響いた。その勇姿は、俺の背中を押した。

伝えないと。仲間を称えるだけではなく、俺も行動に移さないと。勇気が出ないが、俺の心臓が問いかけてくる。焦りと、不安と、プライドが葛藤する。
その時、俺の目に入ったのは床に散らばったトランプだった。焦りながら何かに助けを求めていた俺は、気づけばこう言い放っていた。

「櫻井。俺がババ抜きに勝ったら、付き合ってくれ。」

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