ふるさとは遥か彼方へ

 数年ぶりに地元に足を踏み入れた。いつかの夏と同じ湿度、同じ日射し、変わってしまった街並み。知らない道がいくつもあった。知っている道も懐かしい道もたくさんあった。そのどれもが色褪せていて、いつか夢で見た景色のように思えた。
 卒業した学校はどこも建て替えられて、ほんのりと面影を残したまま変わってしまった。昔からあったショッピングセンターは驚くほど古くなっていた。

 昔過ごしていた街が変わってしまったおかげで、わたしはなにも思い出さずに済んだのだろうか。遠い思い出の中で、苦しかったことも楽しかったことも徐々に薄く薄くなっていく。もうここは、わたしの帰る場所ではないのかもしれない。

 実家には帰らないことにした。たぶんもう、一生足を踏み入れることはない。帰りたいとも思わない。残してきた赤いジャズベースとマルチエフェクターのことを思う。別にまた買えばいい。ほかにわたしのものはあったっけ。何も思い出せないや。

 残った思い出はすべて記憶の断片だ。ひとりで過ごしていた夕暮れ、眩しく差し込む西日、ひみつのノートに書いた出来損ないの小説、家中に響く怒鳴り声、軽やかなギターの音、鍵の回る音、掃除機の音。記憶の中の実家には誰もいなくて、ただひたすら音だけが鳴り響いている。みんなはどこにいたんだろう。みんなはどんな表情をしていたんだろう。わたしはずっと俯いていたのかな。楽しいこともきっとあったはずなのに。


 わたしに帰る場所はもうない。どこにもない。でもそんなもの、なくたって構わないよ。

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