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ギターは小さなオーケストラ
ギターオーケストレーション、という技法がある。エレキギターの音を多重録音することでオーケストラのような音を実現する技法で、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイによって広く知られるようになった。
というわけでクイーンファンには聞き馴染みのある技法だと思う。そして私はこの名前を聞くたびに、「ギターは小さなオーケストラ」という言葉を思い出す。
最初にこの言葉を誰が言ったのかは諸説あり、定かではないらしい。スペインのクラシックギタリスト、セゴビアの言葉だという説もあれば、ベートーベンが言ったらしいという話も。とりあえずクラシックギターの世界では割と有名な言葉だと思う。
ギターが好きなだけの素人なりにどういう意味か考えてみると、クラシックギターはたくさんの音色が出せる、ということがひとつあると思う。エフェクターも使わない生の音だけしかないけれど、爪の当て方(そもそも指先で弾くか爪で弾くかの違いもあるし)、指を振る速度や強さ、サウンドホールのどの辺りで弦を弾くか、ビブラートをかける速度、ミュートのタイミング、そしてギターパーカッションなどなど、工夫次第で実は多彩な音色を出すことができる。まるでオーケストラにたくさんの楽器があるように。
それに加えてギターは一台で多声を奏でることができる。つまりひとりでメロディ、ハモリ、ベースラインを弾くことができるのだ。ピアノも同じことができるけれど、ヴァイオリンやトランペットなどは基本的に一つのメロディしか弾くことができない。ギターには弦が6本(以上)あって、指が複数あるおかげである。ギター用に編曲されたオーケストラ曲が色々とあるのもこの特徴によるものだろう。一つの楽器で複数のメロディが弾けるのもやはり「ギターは小さなオーケストラ」の理由のひとつに違いない。
クラシックギターのそんなところが好きだ。サウンドホールのどの辺りで弾くと一番イメージに近いか研究したり、それぞれのパートを一人で再現するために工夫をしたり。隠れたハモリのパートが実は綺麗な旋律だったりするとテンションが上がる。
そしてクイーンの曲も似たようなところがあると勝手に思っている。ブライアン・メイのギターは冒頭でも紹介した通り、その技法には「オーケストレーション」の名が付いている。多重録音された音は重厚な響きがあって面白い。ブライアンはピックではなくコインを使っていたり、指で弾いていたりするのも音に対する研究の姿勢を感じて、どことなくクラシックギターと通じるものがあるのかなあなんて思ってしまう。ちなみにブライアンにもお気に入りのクラシックギタリストがいて、インスタグラムで良く動画にいいねをしている(ストーカーじみた発言だけど偶然見つけたんです!)。きっと今でも奏法の研究を欠かさないんだろうと想像してしまう。
それに加えてベースも面白い。クラシックギターではベースに重きが置かれることも多くて、その中でも複雑にベースが動く曲が好きなのだけれど、クイーンにもそんな曲が多い。個人的にはフレディ・マーキュリー作の楽曲にそういうものが多い気がする。え、本当にベースなの?と思うくらい高音まで動いて、曲を支えつつもさらなる彩りを与えている。「Millionaire Waltz 」なんかはそのベースの面白さがたっぷり味わえると思う。「Don’t Stop Me Now」は冒頭からボーカルとの絡みが美しい。こちらもベースなのにやたらと高音域だ。
ベーシストのジョン・ディーコンの作る曲もフレディに影響されてか本人の趣味なのか、そうしたベースが面白い曲がたくさんある。「You’re My Best Friend」なんかはもうベースの役割を放棄している気がする(代わりにピアノが頑張っている)。やりたい放題である。それがとても楽しい。ベースが歌い踊るように自由にメロディを奏でる。それでいてボーカルやギターやピアノと美しくまとまり、ドラムとリズムを作り上げている。どことなくオーケストラのような美しさがあると思う。各パートのメロディは複雑でバラバラで、それなのに全体としてひとつの曲になっているところが。
ベースが歌っている曲といえばブライアン・メイ作曲の「Sail Away Sweet Sister」もそうだ。ブライアンの曲のベースは比較的仕事をちゃんとしているタイプが多いかなあと思うけれど、こちらはとても自由に歌っている。ジョン・ディーコンは唯一ボーカルを取らなかったメンバーだけれど、ベースがこんなにも素敵に歌い上げているのである。
「ギターオーケストレーション」という言葉から連想的に書いてみたけれど、クイーンの曲のこんなところが好きなんだなあと改めて分かった気がする。とりあえず、ベースが自由な曲が大好きです。
ブライアンが好き(かもしれない)クラシックギター曲はこちら。ぺルナンブコ作「鐘の響き」です。ブラジルのショーロというジャンルの曲。爽やかな雰囲気で私も好きです。