キズパワーパッドでも治せない傷
ふと思い立って、自分で傷つけた肌にキズパワーパッドを貼ってみた。あの高い絆創膏。わざわざ自分でやった傷なのに、と思ったけれど、思いつきと傷の痛みは衝動を止められなかった。
貼った瞬間は少し痛みが和らいだ気がした。ぷくりとあの白い膨らみが浮き出る。けれどそんなのも少しだけだった。
わたしが深く抉りすぎた傷はキズパワーパッドにも荷が重過ぎたようで、周りから血と膿が混じったよく分からない液体が溢れ出てきてしまった。
楽しいことも、嫌なこともそれなりにあったここ数週間だけれど、その出来事に反比例するように感情が失われていっているような気がする。あまり心が動かされない。
試験に落ちてちょっと泣いたけど、それっきり。ひとりでいるときにはもうあまり何も感じない。僅かに怠さと不安を覚えながら、それすらもどこか遠くにあるように、ただやるべきことを無感情にこなす。勉強して、研究室に通い、家事をして。はたから見たら生活習慣も改善して、良い状況に見えるかもしれない。
苦しさを感じなくなって良かった。その代わり楽しみも感じない。何か楽しいことを、という気さえ起こらない。
これじゃあ昔なりたくなかった大人と一緒だ。疑問も感じずただ毎日仕事へ向かう大人に。もっと酷いかもしれない。嫌だとも楽しいとも思わないのだから。
誰かといるときは、相応に心を取り戻せている気がする。それはきっと、相手の感情を心に映しているからだ。向こうを見て、ああ今こんなことを感じたら良かったんだっけ、と思って、同じように楽しんだり笑ったりする。出来損ないのAIみたいに。
でもそれも本心ではなくて、鏡の奥にほんの少しも動いていないわたしがいる。心を動かすふりをしているわたしを、ぼんやりと眺めている。
心に空いた穴も、きっとキズパワーパッドの手には余るのでしょう。