初めて煙草を吸ってみた話

 煙草を吸える年齢になって数年が経った。元々煙草は吸わないつもりだった。なぜなら父親が吸っていたし、そんな父親に母親は文句ばかり言っていたからだ。

 深夜に個人的に心を抉られるメールが届いた。やってらんねえと思ってベンゾを10tくらい飲んで、家に残っていた酒も全部飲んだ。とはいえ残っていた酒は少なかった。すぐに買いに行こうと思った。とにかくやってられなかった。ベンゾを追加してもよかったけど、これは後々のために残しておかなければならない。だから酒が必要だった。
 その時に煙草も買おうと思った。Twitterで煙草を吸っている人の写真を見たからかもしれない。このやってられなさが少しはましになるかもしれない。そう思って近所のコンビニに行った。

 入店するなりレジの後ろの煙草を見る。マルボロを買うと決めていた。最初はピアニッシモの方がいいと思っていたけれど、今の気分ではなかった。可愛いやつじゃやってらんねえ気持ちはなくならない。ちらっと見るとマルボロも数種類あった。よくわからなかったから一番赤いやつにした。
 酒はいつもの、安いのに美味いウイスキーにした。そして挙動不審になりながら100円ライターを持ってレジに並んだ。もごもごと煙草の番号を告げると年齢確認された。挙動不審すぎて未成年かと思ったのだろう。もちろん成人だから買うことには問題ない。

 家のベランダで煙草に火をつけた。指の力が小さいのか、ライターの火をつけるのは苦手だ。不恰好になんとか煙草を咥える。それほど咽せる感じはしなかった。なにか燻製の食べ物を食べたあとの味わいに似ていた。これは酒が進むなと思った。

 そして灰皿を買い忘れたことに気がついた。仕方がないからそのへんのプラスチック容器に吸い殻を突っ込んだ。

 煙草を吸いながら、元凶になったメールを睨みつける。多少はやってられる気になった。もうべつに返事なんかしなくてもいいやつだったけれど、ムキになって徹夜で調べ物をして返事をした。どうせ向こうはそんなこと知らないし、気にもしないし、どうでもいいだろう。ただ迷惑で面倒なやつだと思われただろう。

 やってらんねえよ、という気持ちは煙草だけじゃなくて自傷にも繋がる。手首ズタズタにして見せつけてやろうかとも思った。けれど煙草を吸ったらなんとなくやってられなさが減った。煙草は健康に悪いけど、リスカも健康に悪い。どっちもただ人生の苦痛を誤魔化す手段なのだ、わたしにとっては。もちろん好きで煙草を吸っているひともいるのだろうけれど。

 昭和の時代が急に羨ましくなった。クソみたいな仕事を振られても煙草片手にどうでもええわと思いながらやりたい。それが当たり前だった時代が羨ましい。

 でも煙草の匂いが嫌いな人は苦痛な時代だっただろう。母がその一人だった。匂いだけで頭が痛くなるらしい。だから煙草を吸っている人の近くにいたくないと言っていた。わたしもそれに同調して、煙草なんて健康にも悪いしいいことないよね、と言っていた。けれど結局煙草を吸った。これは小さな反乱なのかもしれない。別に母が煙草を好きだろうが嫌いだろうがどうでもいい。一緒に暮らしているわけでもない。もし一緒に出かけたら吸わない程度の配慮をする。そんなもんでいいんじゃないかと思った。他のことでも。

 机の上に並ぶ赤いマルボロと100円ライターは、わたしの反抗の象徴みたいだ。

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