にんげんってその程度だったよね、

 さいきん、周りでは恋愛の話ばかりがされている。そういうお年頃。それは分かっているけれど、苦痛で仕方がない。

 恋に興味がないひともいる。性的マイノリティのひともいる。性が怖いひともいる。にんげんが怖いひともいる。たくさんのひとが、たくさんの恋愛にもやもやしたものを抱えているひとがいる。

 それなのに、そんなこと考えないでたくさんの「恋バナ」をするひとたちがいる。それは多数派なのかな、もしくは声の大きいひと。どちらでもあるかもしれない。
 しまいには恋愛リアリティショーなんていって、見ず知らずのひとの恋愛事情にああだこうだと口を挟む。ばかみたいだ、そういうのならフィクションのなにかを楽しんだらいい。恋愛リアリティショーだって台本があるフィクションなんだよって言いたいのかもしれないけれど、あれは本名で生身のまま演じるもうひとりの自分だ。演技をするよりよほど、もともとの自分との境目が分からなくなりそうだ。だから精神を病んで、自ら命を絶つひとまで出てしまうのではないですか。そんなものを無責任に楽しむなんて出来ない。

 やっぱり僕って普通じゃないんだ、って感じるときの疎外感は痛い。麻痺させるために愛想笑いして冗談を言って、でもそのぶん余計に傷は深くなっていく。
 声のおおきいきみ、たぶん多数派のきみ、僕ではないきみ、もう少しだけ周りに目を向けてみませんか。
 そうじゃなくっちゃ、誰も傷つかない日なんて永遠に来ない。人類が滅びるまでそんな日は来ないよって?分かってるよ、でもやるしかないでしょう、少しでも苦しむひとが減るなら。

 僕はいま、将来お医者さんになるひとたちに囲まれているけれど、そんな彼らもやっぱり多数派の恋バナが好きみたいだ。嫌だな、と思っているひとだって、そういうの良くないよね、と思っているひとだっているとは思う。思うのだけれど、誰も口にしないから存在を知ることはできない。
 それは僕も同じだけれど。盛り上がっているところに水を差す勇気なんて持ち合わせていない。僕って最低だね、インターネットの隅っこに文句を書くしか能がないなんて。
 将来お医者さんになるひとがこんなんじゃあ、差別とか偏見とか普通とか普通じゃないとかそんなのがなくなるわけないよね、と思ってしまう。みんな頭のいいひとたちだ。でもそこまで考えることが出来ないんだ。それが僕を悲しませ、絶望させる。

にんげんって、こんなもんなのか、って。

もう、全部諦めちゃおっか。

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