毒親と男尊女卑
ジェンダーの問題についてしっかり学んではいない、素人の考えなのですが、親と話していて思ったので書いてみようと思います。
地元は比較的、性役割意識が強い地域だと思う。長男が家を継ぎ墓を守り、女性は嫁として家事育児をやる。仕事に関してはなぜか共働きが多いのだけれど、家のこととなると性別で区別される。
例えば、父方の家も母方の家も、遺産を継ぐのは長男とその長男というふうに信じ込んでいる。わたしは女なので、父方の遺産はすべて弟に、母方の遺産はすべていとこに渡される予定らしい。そしてそのことに両親や叔父、叔母も特に異議は唱えていないようだ。我々の世代はまだみんな20代なのに、である。そんな感じで、今どき?と思えるような習慣はたくさんある。
そんな場所であるため、両親が子どもの頃はもっと男女の差は強調されていたようだ。
母親いわく、母の祖母はその意識が強く、外孫か内孫か、男か女かで扱いを変えていたらしい。女である母には厳しく当たり、わがままだとか可愛くないということをはっきり言ったそうである。そのことについて、母の両親は何も言わなかったそうだ。もちろん、親に逆らうなどとんでもないという時代だからだろう。
そして母の両親も、娘より息子に期待をし、学をつけて欲しいと考えていたようだ。母に対してはあんたは頭が良くないからと話していたらしい。ちなみに叔父はとても期待されていたようだ。母は両親や親戚に、女は四大なんか行っても意味ないと言われ、結局短大に行くことにしたそうだ。叔母も四大には行かなかったが、叔父は四大卒だ。
母は、暴力を受けたり激しい罵倒などは経験していないそうだが、これらの扱いを受ける中で、自分の容姿は良くない、自分は頭も良くないと思い込んでいる。今もそれは変わらない。わたしは子どもだから客観視はできないが、母はそれなりに美人だし勉強などもできるほうにはなると思う。仕事もできるほうだ。しかし自分ではまったくそう思えないのだそうだ。
自己肯定感が低く、自分よりステータスの高い(ように見える)人には逆らわない。母は子どもの頃からそうして生きてきた。
父は真逆である。長男としてかなり甘やかされてきたのだろうというのが伝わる。本人には直接聞いていないが、祖父母の家での様子や、プライドの高い振る舞いなどを見ていると、そのような言動を注意されることなく育ったように見える。なんでも自分が一番でないと気が済まないようだ。
これは父方の祖父母もそうで、祖父は亭主関白の塊のような人間だった。食卓で自分から立ち上がったところなんて見たことがない。料理や食器を運び、お酒を注ぐのは祖母や叔母たち、そして孫娘の仕事だった。わたしの父や、弟も手伝いをしなさいと言われることは一度もなかった。
こうなると、女は自分のために動いてくれるものだと思い込んでしまうのも分からなくはない。他人は思い通りになる、ならない方がおかしい。そう信じて育ち、その思い込みが修正されなかった結果、モラハラをする人間になる。
そんなわけで、女だからと褒められず機会も与えられず育った母と、男だからとなんでも許されて育った父はある意味相性がよかった。父がモラハラをしても、母は自分の頭が悪いからだと思うため逆らわない。それは悪循環となり、わたしが生まれる頃には父がモラハラを行うのは当たり前の光景となった。
これは自分の家庭だけでなく、父方と母方どちらのきょうだいも似たようなものだった。わたしの会う親戚はみんな、疑うことなくこの力関係を受け入れている。だから子どもの頃は、わたしもこれが普通なのかと思っていた。
もちろん、モラハラをする父親が子どもに良い影響を与えるはずなく、それどころかわたしに対してもモラハラをしてきたため、わたしは複雑性PTSDになった。母親はモラハラを嫌だとは思ったものの、自己肯定感の低さからそれを受け入れてもいたため、わたしを守ることすらしなかった。先祖、少なくとも祖父母の代から続く男尊女卑の歪みがわたしの世代になって精神疾患として現れたのである。
モラハラをする人、そこから逃れられなくなる人には様々な背景があるとは思うが、その一つには家庭内の男尊女卑があるのだろうと感じた。こういう家庭はまだ日本にあると思う。もちろん昔よりマシになっていることが多いだろう。それでも、ほんの少しの差別であっても、のちのち大きな歪みになる可能性はある。
毒親を社会の問題として解決しようと思う時、男尊女卑の伝統をなくすことはひとつの大きな課題になるだろう。