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イマジナリーおじいちゃん

 想像上の友人イマジナリー・フレンド、いますか?

 私には、友人ではなくおじいちゃんがいる。イマジナリー・おじいちゃん。同じ町に住んでいる。想像上の存在ゆえ、私と血のつながりはない。

 おじいちゃんは妻に先立たれ、一人暮らし。週末にはたまの贅沢で近所の焼鳥屋へ行く。こじんまりとした店だが、サービスは行き届いており料理も旨い。お気に入りのその店に、おじいちゃんは毎週通っている。
 おじいちゃんは決して潤沢ではない年金をやりくりして通っているのだが、自分の贅沢のためだけでなく、「こんな良い店、応援してやらにゃあ」って商店街の個人店を支えたいという気持ちも多分にある。

 でもその店、普通にチェーン店。

 かつておじいちゃんは、零細企業に勤める大変ストイックな仕事人間だった。華々しい世界ではなかった。しかし目の前の仕事にひたすら打ち込み、真面目に真面目に働いた。おじいちゃんは決して偏屈な人間ではなかったが、彼の真面目すぎる性格を敬遠したのか、同僚たちが彼を飲みに誘うことはなかった。
 家と会社を往復する日々。土日すらも仕事に捧げた。これもみんな、俺の家族を養うためだ。だが、いつからか手段は目的となり、家庭を顧みることは少なくなっていった。家族との外食もなくなった。

 このような事情により、おじいちゃんは外食チェーン店全般に疎いのである。

 おじいちゃんは定年後の再雇用期間も終え、数年前に退職した。子どもたちも今では独立して、遠い町で暮らしている。仕事もなく、自宅で妻と二人。弾むような会話もなく、沈黙の日々が続く。これがこのまま続くのか……? そんな考えを抱き始めた矢先だった。
 ある朝急に妻は倒れ、ほどなくして他界した。

 夫婦仲は特別良いわけではなかったが、仕事と伴侶を同時期に無くし、なんだか胸にぽっかりと穴が開いてしまった。そんな中、夕方の散歩中に炭火の香りに誘われて見つけたのが、この焼き鳥店(チェーン店)。
 煙に誘われるがままに入店し、
「いらっしゃいませ」
 店主だろうか、若い男におしぼりを渡される。この瞬間、
あいつと、家族みんなと最後に外食に行ったのは、一体何十年前じゃったかのう……)
 おじいちゃんの目からふと涙がこぼれる。店主はその涙に気が付き、
「おじいちゃん、うまいもの食って、元気出そう!」
明るく声をかけてくれた。
 炭火焼の焼き鳥は香ばしく、どの串も美味しい。酒が進み、決して飲兵衛ではないおじいちゃんが杯を重ねていく。元気が出てきたみたいだ。うまいものってのは偉大じゃな。店主を探して目を泳がせれば、厨房や客席を行ったり来たり、懸命に働いている。そんな店主にがむしゃらに働いたかつての己の姿を重ね、おじいちゃんはすっかりこの店が気に入ってしまったのだった。

 今週末も、おじいちゃんは少しわくわくしながらこの店(チェーン店)にやってくるだろう。
「やってるかい?」
 のれんをくぐり、はにかんだ笑顔を店主に見せる。

 ちなみにおじいちゃんが店主だと思っている人はバイトリーダーである。 

 というのが私のイマジナリーおじいちゃんだ。おじいちゃんおよび周辺人物は想像上の存在だが、個人店風のチェーン店は実在している。この店の前を通るたびに、おじいちゃん……どうしてるかなあ……。と思いが募るからくりである。からくり?

 コロナの大流行で、外出自粛、営業時間短縮などが騒がれた時分には、特に心配していた。おじいちゃん、あの店に行けなくて寂しいだろうな。これが落ち着いたら勇気を出して子どもたちを誘ってあの店に行ってくれ。
 でもお子さんたち、
「え? ここが行きつけの、応援してる店?」
「お父さん、ここチェーン店だよ。しかも大企業のバックアップもあるようなとこ」
「そうそう、別に無理して毎週通うことなくない?」
とか暴露しちゃうのかな……。指摘するにしても優しく言ってあげてほしい……。
 むしろ、そこから打ち解けて、
「もー。ひょっとして、お父さんって意外と世間知らず?」
「仕事人間だったもんなあ」
「……だね。ウチらのためにね。たまにはまた、食事でも行こうか」
「ヤッター! じいじとごはんー!」(孫)
……は望みすぎか? てか、コロナかかってたりしないよね、おじいちゃん?!

 妄想を膨らませつつも、このおじいちゃんは非実在おじいちゃんということはもちろん理解している。だが、もしかしたら本当にこういうおじいちゃんが現実にいるかもしれず、もっと言うと、もしかしたら我々もどこかの誰かのイマジナリーXかもしれず、その想像(創造?)の主は、やっぱり我々をなんとなく気にかけていたりいなかったりするのかもしれない。……なんかスピ風味になってしまったが、なんか、なあ、

 なあ、おじいちゃん、聞こえるか?
 焼き鳥食って、元気でいてね!!


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