言葉を尽くす時代 『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』
twitterのタイムラインに流れてきた書名をみて、すぐに購入した本がある。『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』。本を開くと、執筆者の多様さに圧倒される。スーパーの店員、ごみ清掃員、タクシー運転手、介護士、馬の調教師、ミュージシャン、演出家、旅行会社社員、葬儀社スタッフ、専業主婦、留学生…。77人の執筆者それぞれが、予想もしなかった社会の変化と自分自身の仕事や心に向き合う記録を残すべく、丁寧に言葉を探す息づかいが聞こえてくるかのような本だ。きっと誰しも、自分がこれまでの人生で接したことのある存在を探すことができるだろう。数年前に突然父を亡くした私にとっては、葬儀社に勤める男性の不安と奮闘の記録を読みながらコロナ禍に大切な人との別れの時が訪れた人々を想い、込み上げてくるものがあった。
一気に読み終えたい気持ちもあったけれど、敢えて数人分ずつ時間を空けて読むことにしている。誰かの日記を読み終わると、毎回不思議と心強い気持ちになるから。丁寧に編まれた言葉たち、その語り手たちに寄り添われているような感覚。目に見えないものに怯え、未来への不安が傍らから離れない今、言葉を尽くしてそれらと向き合うことが私たちにできる最初の一歩なのかもしれないし、そうすることで、少しずつ共感や対話がはじまる時代を私たちは生きているのだろう。この数日、国家安全法に揺れる香港の映像が繰り返しテレビに映し出されている。自分自身を表す言葉を選ぶこと、それらを通した対話が許されている幸運を未来に残したい。