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【日本酒記 その一四】うつつよのどぶろく①

 これまで「日本酒記」シリーズでは、様々な銘柄を紹介してきた。しかしながら、酒はその製造工程から完成品の味わいまで多種多様である。そこで今回は、実は私が大好きな「どぶろく」を、二回に渡ってご紹介したい。

 読者の皆様は、どぶろくと聞いてどのような印象を抱くだろうか。「色が白い」とか「濁っている」と表現する方も多いであろう。簡単に述べると、醪をろ過せずに造り、米の粒感が残った酒だ。

 まずは、私とどぶろくの出逢いから振り返りたい。
 岩手県遠野市。「怪異を訪ねる」シリーズやコラムを読んでいただいている読者には、もはや説明不要の土地であろう。ザシキワラシやカッパの伝承、伝説、柳田國男の『遠野物語』などで有名な地域である。
 自然豊かで日本の原風景が残る遠野。怪異を訪ねて、私が数回、この地に足を運んだことは過去の記事で書いた通りだ。
 しかし、ご存知ない方もいるかもしれないが、遠野はどぶろく造りでも有名な地域である。地域復興の観点から構造改革特別区域に指定され、特別に販売を許可される「どぶろく特区」でもある。実際、訪れたときは各施設にある売店に立ち寄っていただきたい。至る所で複数のどぶろくが販売されている。
 四年ほど前、私は遠野駅近くの「民宿とおの」に宿泊した。日本酒好きの私は、遠野がどぶろくで有名なことは知っていた。しかし、当時の私はどぶろくを飲んだことはなかった。
 夕食の時間になり、予定されていたジンギスカン鍋のコースをいただくために、座敷に腰を下ろしたときのこと。スタッフのNさんに飲み物のメニューを見せられた私は、迷わずどぶろくを注文した。
 数分後、どぶろくの瓶を手にしたNさんが部屋に戻ってこられ、徳利ではなく大きめの器にどぶろくを注いでくれた。このときが、私のどぶろくデビューとなった。

写真左がどぶろく。その他、遠野の郷土料理

 その味は、とにかく、美味かった。失礼ながら、それまで私の抱くどぶろくのイメージは、ドロっとしていて、酒臭く、ややマッコリに近い味といった程度のものだった。ところが、これほどまでに新鮮で、自然の息吹を感じるどぶろくがあるのかと、虜になった。
 Nさんにお話をうかがうと、無農薬、無肥料で造られ、だからこそなのか少々の強風が吹いても稲はしならず、大地にしっかり根付いて丈夫です、とのことだった。活きた味がするのはそのせいかもしれないと思ったものだ。
 「民宿とおののどぶろく」との出逢いは、遠野の伝承を満喫する旅の副産物ではあったが、私に強烈なインパクトを残した。

 大阪に帰り、日々を過ごすなかで、あのどぶろくの味を想い出すことは度々あった。しかし、遠野に行く予定もなく、他の銘柄を買って飲んだりしていたこともあり、しばらくどぶろくを飲むことはなかった。
 そんなあるとき、本町にある「日本酒餐昧 うつつよ」が、大阪市で初のどぶろく醸造所を設立するとの情報を仕入れた。大阪でどぶろくが飲めるのかと気になった私は、SNSなどで発信されている情報を読み進めた。すると、店主の藤井章弘氏が、民宿とおのや「とおの屋 要」を運営する佐々木要太郎氏の、どぶろく造りに掛ける想いに感嘆したことがきっかけでどぶろく造りを始められたと知った。何と、私が衝撃を受けたあの味が、どぶろく造りのルーツとなったというわけだ。遠野産が親であれば大阪産は子のような立場と言っても過言ではないだろう。きっと味に近いものがあるはずだと予見した。
 アートディレクターであり居酒屋探訪家の太田和彦氏は、テレビ番組や複数の著書で大阪酒文化の火付け役「山中酒の店」を紹介しており、そこからの独立店である「燗の美穂」やうつつよも取り上げたことから、私も存じてはいた。数年前に燗の美穂には足を運んだが、うつつよには行ったことがない。情報によると、「大阪どぶろく醸造所」と名付けて、鎗屋町で仕込みをするだけでなく、立ち飲み屋「スタンドうつつよ」も併設する運びらしい。
 そうとくれば、どぶろくがメインのスタンドの方に先にお邪魔するのが良いだろうと思った私は、行く機会を窺っていた。

 そんな経緯があっておよそ一年後、無事にスタンドに行き、どぶろくと美味しい料理をいただく機会に恵まれた。

スタンドうつつよでいただいたどぶろく

 どぶろくそのものや遠野での体験など、いろんなお話を従業員のお二人とさせていただき、遠野を近くに感じることができた。スタンドではどぶろくのボトル販売もされており、お土産に購入にすることもできる。当時の私は購入しなかったが、いずれどこかで購入しようとお店を後にしたのだった。

 訪問から数か月後、別の機会があり、うつつよのどぶろくを手に入れた。前置きが長くなったが、それが今回ご紹介する火入れである。次回からはいよいよ、そのスペックとレビューを記す。お楽しみに。

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