豚モツ業者が検証する『ベトナム人の豚盗難事件』 その9 頭を切り離す
ベトナム人豚泥棒たちがどれくらい屠畜の技術を持っていたのか分からないが、おそらく日本人よりは遥かに知識も技術もあっただろう。田舎では豚がいるのが普通だし、屠畜もその場で行われていただろうから。子供の頃に手伝わされていた、という経験を持つ者も多いだろう。
しかし、屠畜技術がある者でも、頭の処理はいちばんむずかしい。あの複雑な頭蓋骨から肉を取らなければならないからだ。今では屠場も機械化が進んだが、頭だけは作業員がやっている。1頭1頭カタチがちがうので、「一律」ということにこそチカラを発揮する機械というものが、役に立たないのだ。
屠場での作業工程は、これまでの回で書いた。
絶命させた豚は素早く血を抜かれたあと、ベルトコンベアーに逆さに吊るされて内臓を取り出される。そこまでの工程を書いた。
そのあと、豚は腹側を上にして台に乗せられる。しっかり上を向くように、台がⅤ字になっているところが多い。少なくともぼくがいたいくつかの屠場ではそうなっていた。
寝かされた豚は、作業員によって首を切られ、四肢をくるぶし辺りから切られる。切られた四肢は「豚足」になる。
切るのは手作業では無理で、当然機械だ。強靭で柔軟なバンドでぶら下げておいた電気カッターで切っていくのだ。これはけっこう神経を使う仕事で、首の部分を胴体に付けるか頭に付けるか悩ましい。一方的にやると、肉業者とモツ業者の駆け引きに巻き込まれてしまう。
切った部位はポンポンとカゴに放り込む。足は小さいのでたくさん放り込めるが、頭は10個が限界だ。頭は固くて重いので、大抵、頭入れに使っているカゴはあちこち穴が開いて壊れてる。
頭は、それ以上何もしない。せいぜい水をかけて洗うくらいだ。その頭のまま、モツの業者に渡されるからだ。
どちらかというと、目を瞑っている方が少ない。開いているか、半開きか。以前、モツ業者に入りたての若い人が、「全部の目がこっちを見てる」と首をすくめながら言ってきたことがあった。たしかに、そう言われてみると、そんな感じがする。意識のない「目」というものは、モナ・リザみたく全方向に視線を感じさせるのかもしれない。
(つづく)