日記
どうにか2店舗を開店した。
https://x.com/q_gakujutsu?s=21&t=z7Ea28FynLIxHk67kFhpzw
https://x.com/bar_hanabi?s=21&t=z7Ea28FynLIxHk67kFhpzw
やっていかなくてはという気持ちだ。やっていかなくてはなんだよな。Qのプレオープン初日が終わったわけですが、本当に良いお客さんに恵まれている自分、ありがたいことです、とあらためて思った。こういうことをべらべら書くのは内輪ノリにつながるからよろしくない、と普段は自分を戒めている、というかそもそも身内同士の褒め合いを人目につくところでやるみたいなのが元来あまり好きではないからやりたいとも思わない、のだけども、今日に関しては、まぁ良いってことにしておく。ことにする。俺はずいぶんここ1年ちょっとで良い人間関係を築けたんだと思う。本当にそれを大事にできているのか、恵まれているわりに蔑ろにしている部分も多いんじゃないのか、なんて反省もいくらでもやるにはやれるわけだが、まぁ、今日はいったんそういうのも傍に置いておこう。皆さんありがとうございます。私はこれからもやっていきます。
Qはこれまでにやらせてもらったことの延長として、HANABIはかねてから自分がやりたかったことそして局所的にやってきたことの具現化としてやっていくわけだが、自分の中ではきっと別々でなく繋がっていると思うから、両輪としてやっていければと思う。どっちがどういうもので、ということは、なかなか一言には表しづらい。自分にとってQでの営みとは? HANABIでやりたいこととは? よくわからないと言えばよくわからない。俺はいったい何を悦びとして享受しているんだろう? 対話すること、人と触れ合うこと、深く潜ること。何かが頭の中で繋がること、思いや考えを語ること、誰かに挑みかかること。快い瞬間はいくつもあった。今もそれらは悦びであるだろうと思う。しかし俺は日々変わっているし、その中で自己認識も変わりつづけている。俺は豆腐メンタルなんかじゃないかもしれない。俺は考えすぎなんかじゃないかもしれない。俺は人と話すことなんて大した好きじゃないかもしれない。俺はただ、温かくて居心地のいい場所を求めていただけなのかもしれないーー。
変わっていくなかで、俺はこれをやっていくんだ、と固く宣言することに、どれほどの意味があるのだろう。俺にとって、そう宣言することに、いったいどんな意味があるのだろう。そう疑いつづけるからこそ、俺は自分が触れつづけようと一旦は決めた対象について、その定義を「問いに付す」ことで、不問にしつづけてきた。学問ってなんですか。学術ってなんですか。対話ってなんですか。コミュニケーションってなんですか。暫定解を語ることはあっても、それを不変のものとして提示することについては断固ふわっとしつづける。そんなんでいいのかよ、ともやっぱり思う。別に誰かに対する責任としてそう思うとかいう話ではなく、人生ずっとそのままで進んで最期まで「なんなんですかねぇ……笑」みたいな感じで行くんですか? 逝くんですか?と。その辺もその時その時になってみないとわかんないよね。
やだなぁ、ずっとそんなことばっか言ってんだから。
愛しいと思う瞬間はいくらでもあります。
売上的にはそんなんじゃ困っちゃうわけだけど、やっぱり4〜5人くらいでああでもないこうでもないと語り合うのはとても楽しい。
あるいはうっかり2人きりになった誰かとチェスでもするみたいにじっくり語り合うのも。
でも、10人くらいいる空間で言葉がぐるぐる乱反射するみたいに議論が盛り上がるのも好きですね。
あるいは、圧倒的な誰かが無双するかのごとくその場を支配するさまを眺めるのが快いときもある。
それらのどれもが必要で、大切で、どれかがあればどれかは欠いていいといったものではなくて、だからまぁ自分ってずいぶん欲張りだし、相変わらず大概などっちつかずだなと思うんだけど、それでも全部欲しいのは間違いないから、全部が入れ替わり立ち替わりみたいな感じで現れる場所を作っちゃえればと思う。最高の瞬間なんていくらあってもいいからね。
俺の好きなものなんて俺以外にも10万人だか20万人だか好きな人がいるようなものだろと思うから、その人たちに俺のやってることがちゃんと伝わっていけばいいと思う。まずは。まずはそういうことからだよね。自分と違いすぎる人たちにまで躍起になってわかってもらおうとは思わない。まずは自分と波長が合う、合いうる、まだ見ぬどこかの誰かにきちんと手を伸ばしていくことから。どこまでうまくやれるかな。俺ほんとそういうの器用にやれるタイプじゃないからな。やりたいことをブレずにやっていきたい。そこだけは変に曲げないようにしたい。俺は何ができるだろうか。何をやっていくことができるだろうか。頭使って、体動かして、いっぱいいっぱいやっていこう。やっていくことでしか人の心は動かせないと思うから。人の心を動かすこと、陳腐だけど、結局のところ大事だと思う。あなたをこそ、待っているのです、と伝わること。これは私のためのものだ、と思ってもらえるものこそがすぐれたものだ、ってどこかの誰かが言っていたっけな。俺の真心が、きっと伝わるべき人に伝わりますように。そのために何ができるだろう。そのために、明日、明日から、また何をしていけるだろう。