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フライング・ソード・オフライン:田舎のお祭

ぼくの住む集落の秋の祭りは「獅子舞」なんです。どうやらどうやらこのお祭りは、東京の方からあきる野なんかを越え、秋山村をながれながれて山梨東部のこの集落にやってきたようで、集落の中でも山から少し離れた区には獅子舞ちゅうもんはない。なくなったのではなく、昔からないそうだ。だから山の祭りなのでしょうね。
なんつってもこの獅子舞、通常思い浮かぶような、道中の人たちの頭をかみかみするといったものでは全くない。
獅子頭をかぶり、一人一匹。下腹部といいましょうか股間といいましょうか、その前には太鼓がついてて、すりこぎのようなバチでそれをトントコ叩きながら笛の伴奏で舞う。神社の境内のしめ縄の中、そこが舞台。演目が5つほどあり、それで1日の祭りが終わる。この獅子舞なにがすごいって踊りがめっちゃくちゃ長い。一演目、30〜40分ある。さらに腰を落として舞わなければ、お偉方から野次が飛ぶ、笑いが出る、むけられるとイラっとするような背筋凍るようなあの笑いである。お偉方もみな何十年も前に何十年もいじめられてきたんだろうな。めちゃくちゃハードな獅子舞である。演目の途中になんどか、ボクシングでいう所のラウンド休憩のように、ラウンドボーイがバケツに柄杓突っ込んで獅子たちに水分を与える。はらっと顔を隠す布をめくりごくごく飲む。大の大人が、若の若者がほんまにはぁはぁ喘いでいる。腰をひたすら落として練り踊るのが教義となっているから。
すっかり陽も斜めになり、祭りはいよいよ最後の演目となった。この演目は獅子が三匹、侍二人が舞う大団円。まず20分ほど獅子たちが侍たちを挑発するような踊りを、その後、侍が刀を抜いて5者みだれて踊るんですが、その挑発の間、侍たちはただひたすらにしやがんで待っておりました。あ、で、その演目の前、祭りのお偉さんが「これから用います刀は『真剣』でありますので」と短いアナウンスをした。
ぼくは役作りのために一度真剣で藁束を斬らせてもらったことがあるんやけど、真剣ってほんまに半端ない刃物やった。これは絶対、カッターナイフ、ハサミから始まり、バタフライナイフ、包丁、ナタ、云々と繋がっていく刃物とは全く違う兄弟。もう全然違う。敬愛する井筒監督の映画『岸和田少年愚連隊』のカオルちゃんが、兄弟にひとり混ざってるような感じ。わからんようやったら絶対に観てください。けど刀、ほんま握らせてもらって、それを何振りかするだけで、次の日全身が筋肉痛になったんやけど、それは重たいとかそんなんじゃなくって、その刃物がごっつ緊張感の塊やったってことやろな。
まぁけどすごいことですよ、真剣をつかって群舞するということは。この獅子舞は。

その群舞も盛り上がりの後終わって、最後に侍ふたりが四方に張られたしめ縄を刀で斬って回る流れになった。まず若侍が割とあっさりと、けど腕だけでブンッとふって一辺を斬った。次に近所で見知っているT老侍が、こちら客席側の縄を斬る番。その縄から客席まではおよそ3mほど、ぼくは刃筋から45度から斜めにいたのであるが固唾を飲んだのをおぼえている。

T老侍が、棍棒でたたくような片手テークバックで刀を振り上げ、振り下ろした瞬間。





全員が凍りついた。





刀が飛んだ。

刀身が抜けて、客席めがけて恐ろしいスピードで。



誰しもが、何が起こったのか判ってたあの時。とにかく想像できる範囲で一番恐ろしいことがやったんや、目の前で起こったこと。


〜続くんか〜