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知育絵本の会社が、「モノづくり展」を行う理由。

8月2日から9月末日まで、東京都港区にある大垣書店 麻布台ヒルズ店にて、
「戸田デザイン研究室のモノづくり展」を開催しています。

先日8月1日に完成したばかりの最新作『リングカード・のりもの』。
こちらの刊行記念と題し、児童書コーナー奥にあるEhonギャラリーにて行われている今回の展示。

最新作を主役に、大人気シリーズ『リングカード』の細部に及ぶ制作のこだわりもご覧いただけます。
他には弊社の原点であるミリオンセラー『あいうえおえほん』、温かなデザインでたくさんの新しい命を祝福してきた『赤ちゃんにおくる絵本』の世界を原画も交えて紹介しています。

とても贅沢な展開をさせていただき、弊社公式サイトでも展示の内容や見どころを紹介していますが、
このnoteを読んでくださっている皆さまには少し違う角度からお話ができたらと思い、今回の記事を投稿しました。

店内のこのポスターが目印

■「モノづくり展」と題した理由


出版社が展示を行う場合、必然的に「原画展」というテーマを選択することが多いと思います。
原画には印刷物とは異なる魅力がありますし、それを間近で味わっていただけるのは作り手にとっても嬉しいことです。

しかし、今回、弊社の展示では「原画展」というコンセプトは採用せず、あくまで「モノづくり展」でいこうと決めました。

"Design work with philosophy"
唐突ですが、これは戸田デザイン研究室の名刺に印字された言葉です。
「哲学のあるデザインワーク」という意味であり、これは私たちの姿勢・理念を表す言葉でもあります。
(ちょっとカッコ良すぎる感があるので、社名の下にさり気なく印字しておりますが 笑)

そもそも戸田デザイン研究室は、出版社を作るぞ!知育絵本を作るぞ!という考えから生まれた会社ではありません。

フリーデザイナーだった戸田幸四郎(1931-2011)が、短期間で消費されるものではなく、永く人々の心を豊かにするものを作りたいという思いから『あいうえおえほん』を出版。

絵本というのはひとつの表現手段であり、大事なのは、心を豊かにするものを届けたいという思い。

それを叶えるために、作り出すもののコンセプト、制作プロセス、最終的にはどう売られていくかまで、自分たちで責任を持って取り組む姿勢そのものを"Design work with philosophy"と考えてきました。

このような考えを基本に活動していくと、「戸田デザイン研究室は、出版社なんですか?デザイン会社なんですか?」という質問をいただく場面もあります。

正直、どちらでもあるような、無いような…。
あえて定義するなら「自分たちの作りたいものを徹底的に追求するモノ作り集団」と表現するのがしっくりくる気がします。(ちょっと堅いですね。)

そんな私たちの考えの一端も感じていただけたらと、今回の展示では【戸田デザイン研究室のモノづくり展】というコンセプトに決めました。

■戸田デザインの隠れたスピリット


お客さまやお取引先の方々をはじめ、戸田デザイン研究室には堅実で落ち着いた印象をお持ちくださっている方が多くいらっしゃいます。
これは、とても有難いことです。

一方でモノづくりのプロセスを紐解くと、静かな意気込みや反骨精神を宿している。これが戸田デザインの隠れた面白さ・スピリットだと評していただくこともあります。

これもまた大変嬉しい視点で、今回は具体例を挙げつつ、この私たちの隠れたスピリットについてお話ししたいと思います。


・コスパという前に知恵と工夫を!   『リングカード』


2004年の誕生から、今では9種類が揃うほどの大人気シリーズとなった『リングカード』。

『リングカード』といえば、このお豆ような独特なカードの形が特長。
作者・とだこうしろうが、最終的にフリーハンドで描いたものを刃型に起こし、試作をして完成した形です。


新作『リングカード・のりもの』

制作当初から、いわゆる暗記のためのカードにはしたくない。
子どもたちが見ただけで心が躍り、思わず持ちたくなる、めくりたくなるデザインを求めていました。

そこで重要になるのが、カードの形。
単語帳を連想させる真四角のものではなく、楽しく、印象的なものにしたいとの考えから、この豆のようなフォルムが誕生しました。

しかし、このフォルム…。
コストの面で考えれば、なかなかに厳しいのです。

四角いフォルムを選べば、1枚の紙から一度にたくさんカードを作ることは可能です。

一方、この豆型はそうはいきません。
おそらく、多くの会社が「会議で出たあの豆型、良かったなぁ。いい夢を見たなぁ。」と諦めるレベルだと思います。

しかし戸田デザイン研究室は、この豆型を選び、20年間大切にしてきました。

作るモノの目的にフォーカスし、知恵と工夫の積み重ねで乗り切る。
小さな会社だから出来ることではありますが、コスパという言葉に慄く前に、まずやれることを考え抜くという精神は培ってきました。

・根底にあるのは、負けん気!?  『あいえうおえほん』



弊社の原点『あいうえおえほん』。
イラストはもちろん、文字もすべて作者オリジナルという事実に、多くの方が驚かれます。

そしてこの文字にも、相当なこだわりと戸田デザイン研究室の考えの基礎が詰まっています。

『あいうえおえほん』が出版されたのは、1982年。
大きく表したひらがなは、これから増える横書きを想定し、横の膨らみ・流れを意識してデザインしています。
制作当初から、永く読まれること・それに耐えうるデザインを想定していました。

そして書き順をわかりやすく表示した文字も、この本のために制作されたオリジナル。

少し複雑なお話になりますが、国語の教科書に使われている、いわゆる“教科書体”は毛筆を元にした毛筆体。
これを手本に子どもたちが鉛筆などの硬筆で書こうとすると、「トメ・ハネ」で必ず迷うことになる。

ならば『あいうえおえほん』では、毛筆を硬筆で書いた場合にしっかりと書く「ハネ・トメ」と、書かなくて良い「ハネ・トメ」を明快に区別しデザインしよう。そうして生まれたのが、このオリジナル硬筆標準書体なのです。

これには、一文字ずつ当時の文部省に確認をとりながらデザインしていくという工程を重ねました。


この文字ひとつに強いこだわりが…


絵本完成までにかかった月日は、おおよそ3年。
戸田幸四郎がまずは一人でスタートさせたプロジェクトとは言え、かなりの年数です。
書き順も、その時、一般的に使われているもので良いと思わなかったのか?などの疑問も浮かぶでしょう。

しかし、戸田デザイン研究室は、何を、何の為に作るのかを突き詰めることを第一としてきました。

他には存在しない、自分たちだから出来るモノを作り、今までにない豊かな感覚を届けたい。
細部の詰めを妥協したり、熟考を重ねず世間の物差しに合わせれば安心という考えで取り組むくらいなら、わざわざ自分たちが作る必要はない。

根底にある、そんな"負けん気“にも似た強い思いが、時代を超えて手にしていただけるプロダクトを生む原動力になっていることも確かです。


■その苦労が透けて見えないものを


ここまでお読みいただいき、「あのシンプルな絵本ひとつに、そんな苦労があるの?」と思われるかもしれません。


苦労とは無縁な表情を浮かべる「にんぎょう」


そう思っていただけるなら、とても嬉しいことであり、私たちにとっては最高の褒め言葉です。

制作にかける手間や時間は、私たちの意思で行っていること。
そして、あくまでプロセスのお話です。

完成したモノに魅力があるか、ないか。
最後はここに尽きると思っています。

パッと見て私たちの苦労が作品に透けて見えるようでは、まだまだ磨きが足りない証拠。心を豊かにするモノを届けることはできないでしょう。

手にしてくださる方々が、まず「楽しい!」「可愛い!」「素敵!」と直感的に心を動かしてくださる。

そして、それぞれの価値観と感性で大切にしていただけたら、これ以上の喜びはありません。

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今回の展示を機会に、普段はなかなかお伝えできない部分を書いてみました。

プロダクトの裏側にあるものをお伝えすることで、お客さまが自由に感じ、考える機会を奪ってしまわないか…。
いつも迷い・悩みながらnoteも書いておりますが、私たち戸田デザイン研究室の考えを、少しでも面白いなと思っていただけたら嬉しいです。

そして、その一部を感じていただける大垣書店 麻布台ヒルズのギャラリーにもぜひお越しいただけたら幸いです。お待ちしています!

★大垣書店 麻布台ヒルズ店での展示情報
https://toda-design.blogspot.com/2024/08/202482930.html