見出し画像

[ 特 集 ]水の苑と輪島をつなぐ 漆と色彩の物語

「形あるものは いずれ無に帰る 漆の風化は これを佳よしとする」
慈嶽和夫大和尚 漆画制作時のことば
漆画「四季:六・天心花月<夏>」(部分)

ついたち法要や、行事の際に参詣の皆様が行き来する水の苑の回廊。この場所を取り囲むように、15枚の「漆画」が配されています。よく見てみると、不思議な世界が描かれていることに気づくでしょう。浮かび上がる釈尊や禅僧の姿。そこに突如現れる、空飛ぶ円盤〈UFO〉。作品を手がけたのは、創造の旅路を歩み始めていた美術家と時代を越えた漆芸を探求し続ける輪島塗りの職人たちでした。

水の苑 絵画鑑賞の順序本堂に向かって右側・本堂最寄りの作品を1枚目として時計回りの順序で並んでいます。本来の順番にそって鑑賞してみると、これまで気づかなかった物語が見えてくるかもしれません。今回の萬亀では、各絵画の写真の説明文に展示順番を表す番号を入れております。
〈写真1〜4〉いずれも2023年9月現在展示中の漆画「四季」(部分)。キノコ雲や地球の描画に使用された青い色の漆は、この漆絵のために特別に調合されたものでした。

水の苑  「漆画の秘密」

縁の会が発足して2年後に制作された漆画。誕生背景には、今も続く当山の思いがありました。

新しさに挑むための絵画

今から25年前、漆画の制作を蔡國強氏と輪島屋善仁へ依頼したのは先代住職の慈嶽和夫大和尚でした。なぜ一人の作家ではなく両者に制作を委ねたのか、今ではその詳細を知ることはできません。確かなのはその当時、蔡氏も輪島屋も当山も、皆それぞれ新たな挑戦の最中にあったということです。
蔡氏は活動の拠点をアメリカに移しており、火薬を用いた作品を手がける現代美術家として頭角を現していました。一方、輪島屋善仁は漆芸専門デザイン会社の設立や、国内最大の漆の森作りを手がけるなど「次の百年」を見据えた活動を開始したばかり。そして、個人墓によって新しい寺のあり方を世に問うていたのが東長寺でした。先代住職は漆画という形でさらなる挑戦を問いかけたかったのかもしれません。蔡氏には、火薬ではなく「漆による再現を見据えた描画」を。優美な漆器を得意とする輪島屋善仁には、前代未聞の「都会の屋外用漆画づくり」を。東長寺が発した依頼は、両者の得意とする領域から、大きく踏み出すものでありました。
そして誕生したのが水の苑の漆画です。この作品は、現代美術でありながら、伝統工芸の輪島塗でもあります。同時に、漆画は水の苑という祈りの空間と一体でもあるのです。「伝統文化を受け継ぎ、次世代の文化を創造する」—それは現在も当山を貫いているビジョンです。漆画は無言のうちに、その思いを訪れる方に伝えているのです。

Q. 描いたのは誰?

現代美術家・蔡國強氏の原画を輪島屋善仁の職人たちが漆画として制作しました。

蔡國強氏(文由閣「回向 ― つながる縁起」展(2015年)トークイベントにて)

東長寺と蔡國強
蔡國強氏は中国出身の現代美術家。かつて山内にあった
アートスペース(P3 art and environment/現・羅漢堂)にて個展「原初火球」(1991年)を開催した際、氏が当山に泊まり込んで制作を行うなど、ご縁が始まりました。氏の代名詞と言える「火薬の爆発による絵画」と比べ、水の苑の原画に見られる絵画表現は大変珍しいものです。

蔡國強による漆画(トップ画像)の原画「四季:六・天心花月<夏>」

Q. 描かれているテーマは?

実は二つのバリエーションが存在し、異なるテーマが描かれています

第一のテーマ 四相(四大事)

左:「四相:六・説法」、右:「四相:十五・灯籠流し」 いずれも蔡國強氏による原画より

宇宙の始まりの姿をスタートに、釈迦の降誕から入滅とともに人生の側面(生・病・老・死)が描かれている。当初より、全編が黒漆を基調として想定されており、2つのバリエーションのうち、先行して制作された。

第二のテーマ四季

左:「四季:一・三蔵西行(飲馬湖畔)」、右:「四季:十三・悲欣交集」 いずれも蔡國強氏による原画より

道元禅師の人生観、自然観、宇宙観を受け、人のこころの有り様や人生を四季に置き換え豊かな色彩で表現。一方、技術発展に伴う現代文明の矛盾、人々の悲哀を蔡氏独自の視点で鋭く訴えている。

輪島の工房で漆画を修復している職人たちを訪ねました

変わりゆくものを絆ぐ修復

一度乾けば溶けず、固く丈夫な漆。しかし乾燥や紫外線には弱い性質があります。水の苑の漆画は、都会の排気ガスや紫外線の影響で「10年と持たないのではないか」と言われたことも。可能な限り後世に伝えるために、「四相」と「四季」を入れ替えながら、定期的に修復を行うことで今もその姿を保っています。この秋の展示替えに向けて、「四相」を修復中の輪島屋善仁工房(石川県輪島市)を訪ね、漆画制作に携わった安藤五十治さんに制作時のお話を伺いました。

修復の最初に絵の表面を軽く研ぐ洗浄作 業。みるみる汚れが落ち、絵の線や色彩が くっきりと浮き上がります。この技術自体、「漆の世界ではありえない方法」なのだそう。
洗浄後、生漆で補修される漆画。 「輪島の工房に来た蔡さんはこの 生漆から目を離しませんでした。漆 の本質を理解しようとしていたんです ね(安藤さん・談)
蔡國強氏の原画(左)とそれを 安藤さんが描きとった下絵(右)

漆画を通した交流と対話

屋外に飾る漆の絵。「それは歴史上、誰も経験がないんです。しかも蔡國強という芸術家の作品を、漆に置き換える。それ自体、身に余るようでした」と制作開始時を語る安藤さん。蔡國強氏から届いた原画(アクリル絵の具による板絵)を、漆に置き換えるため線描を汲み取り、漆での表現方法から技術開発まで考え抜く日々を送りました。時には、安定しない国際電話やファクスで蔡氏と連絡を取るも「十個、聞きたいことが、一・二個解ったかどうか」と振り返ります。
安藤さんにとって、先行制作した「四相」と後に手がけた「四季」では全く異なる印象だと言います。「四相は黒の世界。一方、四季はカラフルです。恐らく、四相は輪島の工房を蔡さんが訪問した後に描いたので、漆の色を意識したのでしょう。その後、漆に囚われず自分の表現でいいんだ!と描かれたのが四季だったのではないでしょうか。また私にとって四相は蔡さんの意思に追いつきたい一心で、失敗も沢山やった思い入れがある作品です。それを経ての四季は、楽しみながら思いっきりやっているということが、今自分で見ても解るのです」(安藤さん・談)

お話を伺ったのは……

安藤五十治さん輪島屋善仁デザイン室顧問。水の苑漆画の制作に際し、蔡國強氏の原画から、漆画へと成すために総指揮を担った。

色彩 もうひとつの物語
結の会のためにつくられた新色の漆

工房の最も奥にある、しんと 静まり返った一室。ここは仕 上げの漆塗りを施す「上塗り」 の部屋です。塗りたての漆は、 ほこり一つでも付着すると、や り直しとなってしまうため、細 心の注意がなされています。 今回は、結の会「カラーお位 牌」を上塗りしているところを 特別に見せていただきました。

東長寺のお位牌をきっかけに新開発の色彩が生まれました

今年の1月よりお申し込み受付を開始した結の会「カラーお位牌」。選べる7つの色が追加され、たいへんに好評です。このお位牌も、輪島屋善仁の工房で制作しています。従来は黒一色のみだったお位牌に、当山の新しい試みとして「多様な色を展開したい」とご相談したのは、昨年の春の頃。元来工房では、漆で表現できる様々な色に固有の名前を付け、長きに渡り再現できるように管理なさっていましたが、そのカラーコレクションからお位牌としてふさわしい色を選ぶだけではなく、全く新しい色の開発も行うことになりました。理想とする色調と、継続して安定して再現できる配合を探るため、数ヶ月に渡る試作と対話を当山と重ねた結果、誕生したのがこれまで存在しなかった革新の色「本紫(ほんむらさき)」と「常磐(ときわ・深緑色)」です。
ぜひとも文由閣で見本をご覧いただければ幸いです。既存の黒いお位牌の塗り替えをご希望する方も、文由閣結の会事務局までお問い合わせください。

刷毛で塗り上げられるお位牌。 人気の「鶯色」の漆です。
カラーお位牌の色開発にも携 わった若き上塗師の杉田さん。 塗りの作業中、見せていただ いた汚れの無いまっさらな手が 印象的でした。
戒名の塗替えは、蒔絵師が ひとつずつ手がけています。

この秋は山内行事と共に東長寺アートめぐりへ

水の苑漆画は、この秋「四季」から「四相」へ展示替えをいたします

現在水の苑を飾っている漆画「四季」は修復のために10月末頃取り外し、代わりに修復の完了した「四相」を展示いたします。9月の秋彼岸には「四季」を、11月の施食会法要では「四相」の鑑賞を楽しみに参詣されてはいかがでしょうか。

山内で見られる 現代アートのご紹介

水の苑の漆画と同じく、蔡國強氏が原画を手がけたのが、羅漢堂ロビーにある「十大弟子」のレリーフ。

蔡國強《十大弟子》

この他にも山内には、現代美術家による作品が点在しています。大舩真言氏による「Infinite」(山内各所)

大舩真言《Infinite》


、「相 Phase」(文由閣龍樹堂)やインゴ・ギュンター氏「Seeing Beyond the Buddha(仏陀の向こうに観る)」(文由閣1階)など、ご参詣の際に、ぜひご注目ください。

インゴ・ギュンター《Seeing Beyond the Buddha(仏陀の向こうに観る)》

仏教文化講座の再開など学びや文化と親しむ 秋のイベントも多数開催

檀信徒会館 文由閣では、茶道や華道を気負いなく体験いただく「文由閣サロン」や、お坊さんとおしゃべりしながらひとこと写経や坐禅体験ができる「寺カフェ」を不定期にて開催中です。また、10月より、ながらく開催を見送っていた仏教文化講座が再開されることとなりました。ご来山の際には、山内アートと共に文由閣にてほっと一息お過ごしください。

『萬亀』No.143(2023年9月号)より


<お問い合わせ連絡先>
東長寺結の会事務局 
電話:03-5315-4015(9:30~17:00)
メール:toiawase@tochoji.org