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小豆の声
正月は三が日を店休とした。
元日は近所の神社に詣でて、人の減った商店街や川沿いを散歩したが、休み明けには汁粉の注文が増えると思われたため、早めに帰宅して二日から小豆を仕込んだ。
小豆を煮て潰すのは、静寂の中で自分の呼吸と手の動きを感じながら餡の産声が聞こえるのを待つという、根気のいる作業だ。将来的にこの作業がつらくなるまでは、手作業でおこなうつもりでいる。
そして三日の夕方。
店内の掃除をしていると、ガラス越しにご近所の立ち話が目にはいった。こちらを見ているようでもあったため、ドアを開けてみることに。
店がたがいに隣接する魚屋と酒屋、そしてクリーニング屋をたたんだが改築後は商売替えをすると聞く通称ゴゼンさまの三人に、新年の挨拶をする。
だがそこで、奇妙にも数秒の間が開いた。
自分の店の前に人が立っていてこちらをちらちら見ていたのだから、話題に加わっていけないはずはないと思ったが、邪魔をしたのだろうか。
店内にもどろうとしたとき、酒屋が声をかけてきた。
聞けば、このおやつ屋で「新年会をさせてもらえないか」という。
ありがたい話だったが、補助の椅子を使ってもせいぜい8人までしか座れないこと、アルコールと新年らしい料理は準備できないので、持ち寄りになることを伝えた。場所を貸す程度になってしまうがと尋ねたが、ここでまた返事がはっきりしない。
いったい何事かと首をかしげていると、今度は魚屋が「あんこのはいったものとか、いつもこの店にある甘いものを、貸し切りして地元の者で食べたい」という。
ようやく合点がいった。
地元商店街の男性らは、仕事の合間に取り置きを頼んでくる人はいても、店内で食べることはまずない。昼間から甘味を食べるのは落ち着かないのかもしれない。
それならば店をしめたあとでのんびりと貸し切りがよいだろうということになり、日取りを決めた。
話がまとまると、去り際にゴゼンさまが言う。
——おれたち子供のころ、ここの先代さんにさ、店にあるものぜんぶ食いたいって言ったんだ。そしたら、いつか椅子を持ってきてここで好きなだけ食えって返事さ。でもよく考えたら、いまテーブルと椅子ができたんだよな、じゃあここでえ食えるよなって話になって。
ぜひお待ちしておりますと、見送った。
普段より5割増し程度のあんこでは、すぐ終わってしまうかもしれない。今夜はもうひとがんばりしてみるとしよう。
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