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くねり、くねり
めったに使わない固定電話が鳴ったとき、すぐ気づけたのは幸いだった。
病院からの連絡で、道で倒れて運ばれた人物の問い合わせだという。手帳を頼りに電話してみて、3人目のわたしで電話が通じた。
倒れた場所と年格好、そしてあきらかに近所に出るつもりで身分証明も持たなかったのであろうことから、人物の想像はついた。その推測を病院に伝えたのち、確認を兼ねて様子を見にいった。
到着したとき、Kは意識をとりもどしていた。初秋だが熱中症が疑われること、念のためにひと晩の入院をと言われていたようだ。
わたしたちだけになると、Kが小声で言った。「熱中症じゃ、ない」
人に聞かれることを恐れているようだった。小声で尋ねると、最後に覚えている場所から発見された場所まで、距離があるという。
ざっとスマホで地図を確認すると、たしかにそれらの場所は、健康な人間でも徒歩で5分以上かかりそうだった。
「様子のおかしい人がいたから、声をかけた。病気か、認知症で迷子なのか心配になったから。そのあとのことは覚えていない」
詳しくは語らず、要領を得ない。どうやら医師らに何も話していないようだ。
呼びだされる形になったわたしに詫びる言葉ばかりで、それ以上を語らないKに拍子抜けしたわたしは、それで帰ることにした。
その帰り道である。
少し遠回りすればKの言っていた場所を通って帰宅できることに気づいたわたしは、ルートを変えてみた。もともと多少の土地勘もある。川に近い四辻というその場所も、すぐにわかった。
Kが運ばれてから数時間、現在は夕方の5時過ぎだ。薄暗くなるにはまだ少し時間があった。
あたりを見まわしたが、とくに不審点もない。交通量も増えてきたし、そろそろ帰宅しようと考えたときだ。
ある家の軒先で、何かが動いている。
ゆっくり、近づいてみた。
くねくねと身をよじらせるように、小柄な人間が動いていた。あえて表現するならば、無理に直立を命じられた猫が、壁に背中を付けて所在なく上半身をくねらせているようだ。
ずっと、その動作はつづいた。
わたしはどれくらい、その動作を見ていたのだろう。
声をかけようかと持った。
一歩、近づいた。だが何かが心に引っかかる。
もう一歩。
いよいよ声をと思ったとき、うしろから子供の声がした。「やめときなよ」
ぎょっとしてふり返ると、誰もいない。
そして目の前の不思議な人影も、消えていた。
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