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12月のライオン
あまり活動していないが決まりなのですみませんと、近所の店が町会費の集金にやってきた。ついでに子供に何かおやつをとのことで、焼けたばかりの菓子をテーブルに運んだ。
昭和の雰囲気が漂うワッフルで、クリームを塗ってくるりとたたんだ商品だが、おやつ屋では「甘焼き」と呼び、客はワッフルと呼ぶ。
その女性の通称は若奥さんだが、わたしは年齢を知らず、子供が甥か孫かはわからなかった。おっくんと呼ばれているその子は、タブレットばかり見ていた。
菓子など興味がないのかと思いきや、3個ほど小皿に出したものが、すぐふり返ったときには、1個減っていた。いまの間に食べたのか。
若奥さんはおっくんに、手を休めて行儀よく食べるよう促した。するとおっくんは、今度は無言で菓子を撮影し、またひとつ食べた。
「ろくに口も利かない。いつだったか返事を画面に文字で打ったことがあって、さすがにそのときは怒ってしまった」と、若奥さん。
タブレットもインターネットもなかった時代のことなど、おそらく想像もできないのでしょうと言うと、そうなのよと力説する。ライオンの話もできやしない、と。
わたしも一度は聞かされ、ほかの客に話して聞かせるのを聞いたが、この若奥さんの鉄板ネタで「12月のライオン」というものがある。それを話してやることができないというが、無理もなかった。たしか30年ほど前の12月に、夕方の銀座で大勢と待ち合わせた話だ。1時間以上も寒空で待った、と。
ひとりやふたりならば、都合がつかなくてキャンセルということもあるだろうが、25人の集合で16人しか集まらない。何かあったのか、電車の事故だろうかと騒ぎになったが、当時は携帯電話がなかった。しかも間接的な知人が多い集まりで、全員を知っている人がほとんどおらず、家の電話番号を教え合っている人も、ポケベルを持ち歩いている人も少なかった。
参加メンバーと共通する知り合いに、何か聞いていないかと何度も公衆電話から尋ねてみた。
手がかりがなく、寒く、心細い。しかも空腹でいらだってきた。するとようやく残りの9人がやってきた。有名デパート前のライオン像と聞いて、日本橋と思ったのだという。もしやと思い30分以上かけて歩いてきたのだと。
三越のライオン像違い。そのオチで、聞く側は笑った。
携帯にかければいいと言われるのがわかっているしと、若奥さんは寂しそうに笑って、甘焼きを食べた。
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