もぐもぐさん
ひとりでやっている店なので、月に何度かでも来てくれる客は、だいたい記憶している。
1月中旬の夕暮れ、もぐもぐさんがやってきた。
常連客が「ほらあの、もぐもぐしている人」と呼んだため、わたしの中でそう名前が決まっただけだ。二十代後半くらいの女性で、スーツを着ていることが多い。事務職だろうか。
いつも三つほど選んで、茶と一緒に店内で菓子を食べていく。わたしの記憶では、そのうちひとつは必ず前回と同じもので、初めてのものをひとつと、ひさしぶりのものを選ぶ。
先代から言われている三種類のおやつは毎日あるが、ほかは曜日によって出すものが違うため、いまのところもぐもぐさんが飽きることはなさそうだ。
通ってくれるようになって何回目だろうか。テーブルに茶を持っていったところ、初めて何かをしゃべろうとしてくれた。だが運悪く客の気配があって、口を閉じてしまった。
やってきたのは、近所の店の親戚である男の子、おっくんだった。
このところ母親の事情で週に1、2回ほどひとりになる時間があり、ここなら安心だからと、おやつを食べさせてくれと頼まれている。
タブレットを見つつおやつを食べて、迎えが来るまでずっと静かにしているのだが、あまりにも口を利かないのでさみしく思い、せっかくだから店のおやつをきれいに写真にしてホームページを作ってくれないかと頼んだ。するとがぜん張りきって、それ以来は少し話をしてくれるようになった。
もぐもぐさんがいるので、静かに団子を食べてタブレットを見ているおっくん。そしてその静けさに安心したのか、ようやく、口を開きかけたもぐもぐさん。「あの、実は——」
また近所の客が店頭から声をかけ、もぐもぐさんの唇が閉じかけた。だがわたしは店頭の客に挨拶をし、つづきを待った。
——ぶしつけですが、厨房を見せていただけませんか。理由はきちんとご説明します。
もぐもぐさんは、真剣な顔をしていた。わたしはただうなずき、閉店まで待ってもらえるかと尋ね返した。するとその表情が、ぱっと花開く笑顔になった。
ひきつづき客の相手をしていると、無口の代名詞のような存在だったおっくんと、もぐもぐさんが、タブレットを見ながら話をはじめた。どうやらホームページを作った男の子だということに気づいたらしい。
そして、いったん着替えのため帰宅し、閉店のころ顔を出すというもぐもぐさんを見送り、わたしは厨房にもどった。