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ふたたび、くねり
固定電話はめったに使わない。ひさしぶりにそれが鳴ったとき、初秋に病院から問い合わせのあったKを思い出していた。熱中症の疑いということだったが本人は否定した、あの日のことだ。
奇しくも電話の主はKと共通の知人で仮にアキモトという。連絡を取りあっていなかったため、固定電話しか知らなかったらしい。近くに来ているというので、わたしは上着を手に家を出た。
住宅街のためさほど喫茶店もないのだが、アキモトはなぜか徒歩圏内のコンビニの先にテーブルが用意されていることを知っており、そこで待つという。このあたりによく来るのかと首を傾げながらわたしは歩き、そしてまもなく到着した。
店内で珈琲を買ってアキモトの待つテーブルに行くと、挨拶もそこそこに用件を言われた。
Kのことだった。家族と縁があるため相談され、調べているという。
体調を崩しているだけでなく、精神的に不安定だという。本人は言いたがらないが、あの日に事件に巻きこまれたのではないか、犯罪の被害にでもあったのなら放っておけないということのようだ。
わたしが家族より先に病院と連絡を取りあった人物ということで、何か聞いていないかという。
話したがらなかったとだけ、答えた。
それ以上に何を言ったらいいのだろう。病院の帰りにその場所を見にいって妙なものを目撃したこと、どういうわけか子供の声に助けられたことなど、まじめに聞いてもらえるはずがない。
無理に直立を命じられて困りきった猫のような、壁に背中を押しつけてくねりくねりと所在なく体を揺らす姿は、頭から離れない。もだえるかのような、じゃれているかのような、うかがいしれない妖しさがあった。なんだったのかを考えそうになる心を、そのたびにおさえてきた。
わたしの反応を見たのか、アキモトが言った。
Kと同じような表情だ、と。
それからもあれこれ聞かれたが、ねばり強そうなアキモトといつまでも付き合うのはおっくうで、わたしは妥協することにした。Kが最後に覚えているのはどこそこであると、場所を伝えたのだ。
あの日と同じことが起こるとは思えない。そんなにしょっちゅう同じことが起これば一大事である。アキモトの身に何かあるわけでもないだろう。それに、わたしは自分から教えたくて教えるのではない。これは自分にとってベストな選択だと思うことにした。
だが、家の固定電話がまた鳴る日が来るような予感は、どこかにあった。
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