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うまい話と、その内側
夕暮れに自宅近くで人が立ち話をしていた。珍しくはない光景だが、こちらの姿に声をひそめたとなれば、落ち着かない。
警戒はしたが、うちひとりは見知ったご婦人だった。手には見覚えのある紙袋。もしやあれは以前に「美味しい」と伝えた今川焼きで、またお裾分けをくださるのかと、緊張したはずの頬がゆるむ。
だが、うまい話はそうそうない。
うっかり紙袋を受けとってしまったのちは、相手のペースだった。あれよというまに話は近所のことに。ゴミ屋敷になりそうな家があるので、話を聞いてきてくれという展開だ。一緒の人たちもすがるようにわたしを見ている。
なぜ住んで数年の人間が、地元に長いお宅を訪ねるのかと問えば、新しい人はしがらみがないため相手も心を開くという。
今日はもう時間も遅いですのでと、ひとまず家にはいった。
茶を淹れて食べる今川焼きは、相変わらず美味だった。
——それにしても、またゴミ屋敷とは。
以前に親からゴミ屋敷になりかけている知人宅の様子を見てこい言われ、不可解な体験をした。その後は関わらずにいたが、またこの展開だ。
だが、今川焼きはすっかりたいらげた。
ご婦人らにはそのうちと答えておいたが、場所の確認だけでもと、出かけることにした。徒歩で5分程度のはずだ。
今回はきちんと家の特徴を聞いてあったため、番地をたしかめるまでもなく、すぐに家は見つけられた。
デザインから考えて30年くらい前の造りだ。当時はしゃれていただろう。
聞いたとおりの外観で、手前の目印も合っていた。間違いなくこの家のはずだ。
しかし。
どう見ても普通の家である。せまいながらも人が歩ける程度の中庭があり、片付いている。
町内の不要品交換所においてあるものを、何でも持ち帰ってしまう。不届き者がゴミ同然のものを置いても、それらも含め、すべて持っていってしまう。いまにたいへんなゴミ屋敷になるので事情を聞けと、そう言われてやってきたこの家に、ゴミの気配がまったくなかった。
夕闇で、よく見えていないだけなのだろうか。
出直すつもりで去りかけると、家の二階の窓が、キシキシと音を立てて開いた。人がいて、こちらを気にしているらしい。
どう言い訳をしようかと考えていると、小柄な初老男性は意外にも愛想よく「いまそちらに出ますから」と言う。
そして男性は、窓から外に、はしごをおろした。
どうやら外をきれいにたもち、ゴミは内側らしい。
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