たい焼きの味
もとは客として顔を出していた店を引き継ぐことになって十余年、いまの客の多くはわたしが二代目だと知らない。
上が住居になっている小さな店で、その住居部分ごとわたしは先代から引き継いだ。その条件はゆるやかで——
1) 平日の夕方4時から7時までは必ず営業、それ以外は自由
2) まとまった日数を休む場合は、玄関近くのどの位置にどう告知の紙を貼るか
3) カタカナでしか表現できないような菓子は置かない
——たった、それだけだった。家賃などは、ときおり娘が顔を出すので少し金を渡してくれと言われていたが、来たことがない。
仕入れは先代と同じ店を使ったほうがいいだろうと、できるだけ馴染みを尊重しながら、粋な手書き看板の「おやつ屋」をつづけている。
以前からある今川焼き、たい焼き、ぱんじゅうは欠かさないが、ひらがなの名前を付けて洋風の焼き菓子を店に並べるようになったところ好評で、いまでは飲食スペースを増やすまでになった。もし先代か娘が雰囲気の変化を嘆いてやってきたら、昔話でもするとしよう。
先月のことだった。
会社員風の男がケースを覗きこみ、じっと動かない。たい焼きを見ているようだ。まだ焼いてから少ししか時間が経っていないので、店内で食べるなら茶でも出そうかと思っていたところ、それでも動かない。
ほかに客もなく、待ってみてもよかったが、なんとはなしに声をかけてみた。お召し上がりですか、と。
男ははっとしたように顔を上げ、わたしの年格好を見て困惑しているようだ。そしてこの店が何年前からあるのかと尋ねてきた。
どれくらい丁寧に話すべきかを考えていると、わたしを困らせたと思ったらしい。店内でそのたい焼きをひとつ食べ3個を持ち帰りたいというので、すぐに支度した。
簡易なテーブルにたい焼きと茶を持っていくと、またそれをじっと見て、すぐには食べようとしない。そこでわたしは答えることにした。「先代を含め、30年以上は、つづいているはずです」
男はうなずき、たい焼きを頬ばった。左側の目に涙が光っていた。
親父は、ここまで買いに来ていたんだ。
お袋と口げんかをすると1時間以上もいなくなって、決まって夕方遅くに、たい焼きを買って帰ってきたんです。
最近は伏せりがちな母親だが、たい焼きなら食べると思いますと、男は帰っていった。
同じ味で、同じ時間に店を開くこと。先代はこの瞬間を、たいせつにしたかったのだろう。