ことだまり 《ひと色展》
泣いているの?
え、どうして?
そう答えたけれど、顎からしたたる水滴に自分自身が一番驚いた
私、泣いてるの?
そう聞いたら、彼女はほんの少し首を傾げながら静かに微笑んだ
泣いてはいけなかった
泣くとオオカミがその匂いを嗅ぎつけて食べにくるから
兄弟が1人、また1人と食べられて行くのを、私はずっと時計の中から見ていた
助けて、お母さん助けて!
そう叫んでいる兄弟を助けることができなかった
どうすればよかったと思う?
時計から飛び出して、私はオオカミと戦えたのだろうか?
私はただずっと、泣いてはいけないと言い聞かせて
まるで鉛を飲み込むように、喉を膨らませ、息を殺していた
他にどうすればよかったのだろう
その後、大人たちに何があったか聞かれたけれど、
私は言葉も涙も失っていた
オオカミが、次々と6人の兄弟を食べていったの
私は泣かずに時計の裏に隠れていたから、だから助かったの
みんなを助けたかったのに
涎を垂らして、喜びに爛々と光るあの目が
私を石像のように動けなくさせたの
私に勇気がなかったから、誰1人助けることが出来なかったの
溢れる言葉を、何一つ発することが出来なくなった
泣くことも話すこともない私を
お母さんはひたすらに抱きしめた
「あなたが助かった、それが私を生かしているの」
1人目は運動が得意な元気な子
2人目はとても勤勉な物知りさん
3人目は空想が得意な小説家
4人目は歌が上手い音楽家
5人目はとっても絵が上手い芸術家
6人目はお料理上手なコックさん
7人目の私は?
なんの取り柄もない、誰かに面倒を見てもらわなくてはいけない子
お母さんが生きて行くのは当然の権利
私のためじゃなく、あなたは生きる道を選ぶべきでしょう?
みんなを守れなくてごめんなさいと伝えたかった
なんの取り柄もない私だけが食べられなくてごめんなさい
お母さんはずっと私を抱きしめていた
「あなたは私の希望」
「6人のあの子たちは、あなたを守ったの」
毎日
呪文のように唱えるお母さんの声
それは本当?
私は守られる価値があったのかしら?
毎日
それはどんどん私の中に蓄積されていく
「あなたは私の希望」
「あなたは、みんなから守られたの」
「あなたは、私たちを照らす光」
「生きていてくれてありがとう」
泣いているの?
言葉が、私の心臓から一滴溢れた
あたたかい涙が、その一滴の後を追うように次々と滴っていく
涙の向こうで、ひとつ残らず言葉を溜めてくれていた彼女が静かに笑った
イシノアサミさんのひと色展
今回またしてもギリギリ滑り込みで参加します!
ゆっくり沁みていく誰かの想い。
その深く沈む悲しみから掬い上げる短い言葉。
深い愛情。
必ず訪れる悲しみの向こう、わずかな光。
そんなことを書けたらいいなぁと、絵を眺めていたら思いました。
とても素敵な色ですよね。
こやぎさん、きっと幸せになるんだよー!