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物語

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#創作大賞2023

桃源枕 ⑤  桃子の話

桃源枕 ⑤ 桃子の話

「松阪牛がお腹いっぱい食べたいの」

試しに目覚めた安西くんに言ってみた。
彼は、恍惚とした表情で
「まだ、松阪牛食べ放題ができるほど、僕、夢のコントロールができていません」
とそう言ってから、私の頬に手を伸ばした。

安西くんの夢の中で、私は幾度か彼に抱かれてしまっている。
当然といえば当然の馴れ馴れしさであるが、いいか安西、現実ではまだ、私たちは恋仲になっていないし、何より「好きだ」と告白され

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桃源枕 ④  PEACHの話

桃源枕 ④ PEACHの話

「松阪牛が食べたい、って言うのは復讐か何かなの?」

モニタリングを終えた桃子が、眉根を寄せながら言う。

例えばワタシが松阪牛一族の末裔であるならば、復讐と言っても間違いはないのかもしれないが、ワタシと牛に関係性は全くないし、松阪牛のおかげで命を繋いだ覚えもないので、これを復讐と呼ぶには全く相応しくないのだが、大きな流れとして捉えれば、これは復讐になるのかもしれない。

モニターの向こうに、3台

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桃源枕 ③ Cの話

桃源枕 ③ Cの話

「松阪牛食べたい!」

桃介がそう言った時、僕は顔をしかめるしかできなかった。
「どこで覚えてきたの?松阪牛なんて」
今や、松阪牛どころか、牛の存在が幻だ。親世代はみんな牛肉を食べたことがあるらしいが、牛のゲップが温暖化を促進させるとされてから、あれよあれよとその数を減らされ、ついには幻の動物となってしまった。
僕は、牛の話を聞くだけでいつもちょっと切ない。子牛が売られるドナドナの歌が切ないのも、

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桃源枕 ② Bの話

桃源枕 ② Bの話

「松阪牛が食べたいんですぅ」

テレビの向こう、アイドルの頂点に立つモモコが誕生日の花束を受け取りながらインタビューに答えていた。
松阪牛、いや、松阪と言わず、神戸でもひたちでも、今となってはどれも食べられるものではない。一部、富裕層がありえない値段を払って口にするというのは聞いたことがあるが、それはもはや都市伝説ではないかと思っている。
ちなみに僕の親世代は、当時も高級食材ではあったが、焼肉に行

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桃源枕 ① Aの話

桃源枕 ① Aの話

松阪牛が食べたい。

桃子さんが突如そう叫んだ時も僕は大して驚かなかった。
「また何か思いついたんですか?」
バファリンの半分はやさしさで出来ているいるなら、僕の片思いの半分は桃子さんへの好奇心で出来ている。もちろんもう半分は苦い酸っぱい成分で、それを甘い糖衣で包ませて、いつか桃子さんの口に放り込もうと日々企んではいるものの、桃子さんときたら、さっき叫んだみたいに、突如松阪牛が食べたいという日があ

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