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『そうなのか』4話目
中学の卒業を目前にある目標を立てた。トレイルランニング大会に出場すること。部活ではない種目だったので一般として大会にエントリーした。
わたしは練習場所に県境にある丘陵地を選んで自転車で通うことにした。タイムも縮まってきた頃にそれは起きた。
いつもように準備運動をして走り始めた。このコースはしばらくは緩やかに昇る。林道に入り抜けたところに川が流れている。
2メートルくらいの橋を越えると一気に丘を下る。天気のいい日は広がる空に浮かぶ雲の上を飛べそうな気持ちになる。
2周目に入った。わたしは走ること。なかでも跳躍には自信がある。いつものように橋を使わずに川を飛び越えた。
「ズルッ、ドップン。」
見事に落ちてしまった。膝くらいの深さなのですぐに向こう岸に上がった。わたしは天を仰いで大笑いした。ひとりで転んでしまったのが可笑しかった。
しばらくして我にかえると。かなり時間が経っていたのに気が付いた。日が暮れかかっている。帰らなきゃ。
「あ痛っ。」
思ったよりひどく挫いてしまった。一周30分かかるコース。この足だと真っ暗になっちゃう。とにかく急ごう。
美しい景色が夕闇に入れ替わると心細くなる。平日の丘陵地は人気はほぼ無い。引き摺る足に下り坂がわたしの気力を奪いにくる。
「もういいや」
わたしは丘の途中でしゃがみ込んでしまった。少し悲しくなってきて。あゆかが恋しくなってくる。そんな時になぜか習字の展覧会のことをふと思い出した。
「なのか…みぶきなのか…」
落ち着いたトーンで褒めるとも悔しがるとも言えるあの声が耳にあたたかい。誰かもわからない人がわたしをなのかと呼んでいる。
「なるかちゃん!」
驚いて目が覚めた。あゆかだ。しかも大きな目に涙が溢れそう。ここは?近くの山小屋カフェのベンチの上だと焦げたトーストの匂いでわかった。
少し熱っぽい。川に落ちて濡れたまま転がっていたので体が冷え切ってしまったようだ。
「ここまでどうやって?」
あゆが心配そうに手を繋ぎながら話してくれた。男の人がわたしを抱えて運んでくれたそう。しっかりわたしのフルネームと連絡先を残して去っていった。
誰なのかはわからなかった。
「美咲成花」と読める人。
わたしは明らかに好奇心が膨らんでいた。でもあの人にはまだ出会えていないかった。
つづく