【短編小説】愛と自由と束縛
彼は自由と独立を好みながら生きてきた。
残りの人生をデザイナーとして活躍しながら、きままな独身生活を楽しむつもりだった。
彼は飲み会の席で知り合ったオフィスで働く女性と交際していた。
最近彼女の様子が変わっているのに気づいた。
話によると、彼女は彼との結婚を望んでいるらしい。
彼は彼女に深い愛着を感じているのを意識していた。
彼女といっしょにいるときは、何をしても心が躍るのを感じていた。
それはもしかしたら愛情と呼びうるものかもしれなかった。
彼女の期待に応えてあげたい、という気持ちが芽生えた。
けれども同時に5年前の不幸な結婚生活が頭をよぎった。
胸を躍らせて楽しみにしていたはずの幸せな暮らしは、1年もたたずに崩れ去った。
「結婚して幸せだったのは、ほんの一ヶ月くらいだった…いつも一緒にいたら、一緒にいるのが嫌になってしまった。気づけば互いの欠点ばかり言い合ってしまった…」
彼は彼女に強い愛着をもっている。
これは自信をもって言うことが出来た。
一方で、結婚には束縛と依存がつきものなのも確かだった。
それは彼の求める自由と独立の生活と相容れないものだった。
結婚という形をとることで再び愛着の念が消えていくことを恐れていた。
もちろん、過去のことは過去のことであり、今後はまた別の結果もあることも頭ではわかっていた。
けれども、彼自身が同じ結果を繰り返さないほど賢いとも思えなかった。
彼は自分はどうしたら良いんだろうと思い悩んだ。
デザイナーとしてもスランプに陥った。
彼は彼女と今後について話し合うことを決意した。
彼はバーで彼女の横に座り、君を愛していると言った。
彼女は目を輝かせた。
彼が「だけど結婚はしたくないんだ」と言ったとき、彼女の目には一瞬、ショックと困惑が浮かんだ。
声を出そうとして、何かを呑み込むように口を閉じた。
彼女の視線が揺れていた。
それを必死に隠そうとしているのが伝わってきた。
「どうして?…私のことが嫌いになった?」
彼は首を力強く横に振った。
「僕は君を愛している。
君は僕を愛していないのかな?」
彼女は泣きながらあなたを愛していると叫んだ。
それを見て、彼はたまらない思いがした。
「君は僕と結婚したいという。
けれども僕は結婚することで君が嫌いになるのが怖い。
君は僕を愛していると言う。
それなら、僕の希望も尊重してくれたっていいんじゃないかな?」
彼女はうつむいた。
けれどもその口から言葉は出てこなかった。
その場にくずおれたのは、酔いのせいばかりとも言えなさそうだった。
「今すぐに答えを出さなくて良いよ。今日はもう帰ろう。送っていくよ。」
数日後、毎週会ってくれれば今すぐしなくてもいい、という連絡が来た。
彼はその簡単な文章の中に彼女の逡巡と成長を感じた。
彼の希望を受け入れてもらった以上は、彼女の妥協案も受け入れるのは、彼にとって当然のことだった。