【短編小説】夢の途中





1.


灼熱の太陽がグラウンド全体を照らしつけていた。

地面からは熱気が立ち上がっていた。


アヤカは汗が額を伝うのを感じながら、セカンドベースの脇に立っていた。


彼女の目は鋭くボールの動きを追い、グラブを握りしめる手には緊張と集中が込められていた。



コーチが放つ鋭い打球が彼女に向かって飛んできた。

アヤカは一瞬も迷わず、全力でボールに向かってダイブした。


「ナイスキャッチ、アヤカ!」

チームメイトのリョウが声を上げた。


アヤカはボールをしっかりとグラブに収め、満足げに立ち上がった。


「ありがとう。もっと頑張る!」

アヤカは汗を拭いながら答えた。





2.



授業中、アヤカはひたむきにノートを取っていた。


シャーペンの先が紙の上を走り、サラサラと音を立てる。


教科書をめくりながら、彼女の目は先生の口元を見逃すまいとじっと見つめていた。



「アヤカ、今日のノート見せてくれない?」

「もちろん、いいよ。でも次回はちゃんと授業に集中しなきゃだめだよ。」


アヤカは笑顔で答え、ノートを手渡した。


授業が終わると、アヤカはクラスメイトと明るく会話を楽しんだ。

彼女は誰にでも親切で、クラスメイトたちからも好かれていた。


中でも休憩時間にはマイとの会話を楽しんでいた。


「アヤカ、部活がんばってね。」

「うん、がんばる!」





3.


アヤカが野球を始めたのは、小学校1年生の頃だった。


彼女の兄、ケンジは地元の少年野球チームのスター選手だった。

彼の背中を追いかける形でアヤカもバットとグローブを手に取った。


ケンジは優しく、アヤカに基本的な技術から応用まで丁寧に教えてくれた。兄妹でキャッチボールをする時間は、アヤカにとってかけがえのない思い出となった。


ケンジはショートを守りながらチームのキャプテンとして活躍していた。


それを見てアヤカも当然のようにショートのポジションを守るようになった。


最初は兄の影響で始めた野球だったが、次第にアヤカ自身の中で野球への愛着が芽生えてきた。

練習を重ねるうちに、バットを振る感触やボールをキャッチする瞬間の喜びに魅了されていった。


アヤカには一つの夢があった。

それは、将来女子プロ野球が設立されたら、その選手になることだった。


「私は女子プロ野球選手になるんだ。」アヤカは自分にそう言い聞かせ、毎日の練習に励んだ。




4.


中学校時代、アヤカは男子の中に交じって野球をしていた。


彼女の小柄な体が、力強い男子選手たちの間でひときわ目立っていた。

それでも、アヤカは負けじとグローブを構え、鋭い目つきでボールを見つめた。


試合のたびに、彼女の俊敏な動きと正確なスローイングが観客の目を引いた。


ついにはショートのレギュラーポジションを勝ち取った。

彼女がフィールドに立つと、チームメイトも自然と安心感を覚えた。



中学時代の成功が高校に入ってからの試練の前兆とは思ってもみなかった。




5.



高校入学直後、アヤカは新しいユニフォームに身を包んだ。

自信に満ちた表情でグラウンドに立った。


初めての練習で、彼女はすぐに現実の厳しさに直面した。


男子選手たちの圧倒的な体力とパワーに、アヤカの動きは次第に鈍くなっていった。

練習が進むにつれ、足は重くなり、呼吸は荒くなった。


心の中で焦りが募った。

彼女の目には汗が入り込み、視界がぼやける。その瞬間、監督の怒鳴り声が響き渡った。


「もっと速く走れ!力を出せ!」アヤカは必死に努力したが、男子選手たちのスピードについていけず、何度もつまずいた。




さらに、投手の球を打つこともできなくなった。

中学時代には簡単に打ち返せていたボールが、高校の剛速球投手の手から放たれると全く見えなくなった。


バットが空を切り、ストライクアウトを繰り返す日々が続いた。



「私、本当にこのチームにいていいのかな…」


アヤカは何度も自問自答した。

自信は次第に消え失せ、彼女の心には不安と焦りが広がった。




6.


高校に入ってから、アヤカはショートからセカンドへの転向を余儀なくされた。


男子選手たちのパワーと体力の違いを痛感し、高い身体能力の求められるショートでは対等に戦えないと感じたからだった。


「アヤカ、セカンドでのプレーも悪くないよ。」

リョウが励ますように言った。


「うん、でもやっぱり悔しいよ。ショートでのプレーが好きだったから。」アヤカはうつむきながらつぶやいた。



アヤカは放課後の練習が終わった後も、一人でグラウンドに残って素振りを繰り返した。

夕日が沈むまでバットを振り続け、少しでも感覚を取り戻そうと努力した。


「今日もやるんだな、アヤカ。」リョウが声をかけた。


「うん、少しでも上手くなりたいから。」

アヤカは笑顔で答えたが、その目には決意が宿っていた。


さらに、アヤカは家に帰ってからも自主練を続けた。


大学生の兄、ケンジと一緒にキャッチボールをしたり、バッティングのアドバイスを受けたりした。


「アヤカ、お前は本当に頑張ってるな。」

ケンジは感心した様子で言った。「だけど、無理はするなよ。焦らずに少しずつ進めばいい。」


「ありがとう、お兄ちゃん。でも、もっと頑張りたいんだ。」


アヤカの目には強い光が宿っていた。




7.


チーム内での対抗戦としての練習試合が行われた。

アヤカはセカンドの守備位置につき、集中して試合に臨んだ。


試合中盤、男子選手が打った打球がセカンドに飛んできた。


アヤカは全力でボールを追ったが、わずかに届かなかった。

ボールは彼女のグラブをかすめて外野に抜けていった。


ランナーは次々とホームインし、アヤカは唇をかみしめた。


「しっかりしろ、アヤカ!」監督の声が飛んだ。


次の回、再び強烈な打球が飛んできた。

アヤカは今度こそと構えた。

気づいたらボールはアヤカの後ろをー転がっていった。

チームに追加点を許してしまった。


「アヤカ、下がれ!」

コーチの冷たい声が響いた。


アヤカはうたむきながら黙ってベンチに戻った。

チームメイトたちの視線が痛く感じた。


ベンチに座ったアヤカは、自分の不甲斐なさに涙がこぼれそうになった。


心は重く沈んでいった。




試合後、同じセカンドを守る同級生のリョウがアヤカに近づいてきた。


彼は男子生徒の中では小柄な方だったが、俊敏な動きを生かしたプレーを持ち味としていた。



「アヤカ、今日のことは気にするな。誰にでもミスはある。」

リョウは穏やかな声で言った。


「でも、私は…」

アヤカは声を震わせながら答えた。


「大丈夫。諦めなければいつか報われるさ。アヤカも同じだよ」


「ありがとう、リョウ。」アヤカは少しだけ気持ちが軽くなった。




8.


アヤカとリョウのセカンドのポジション争いは、チーム全体にとって良い影響を与えていた。


二人の前向きな気持が、チーム全体に良い影響を与えていた。



ある日、リョウがアヤカに話しかけた。


「今度の練習試合、アヤカがスタメンで出るって聞いたよ。」


「え?本当?」アヤカは驚いた。


「このまえ見せたプレー、コーチも認めてるみたいだ。俺も頑張らないとね。」リョウは笑顔で答えた。


「ありがとう。リョウも頑張って。」

アヤカは感謝の気持ちを込めて答えた。



9.


アヤカの親友マイは、一見おとなしい性格だった。

アヤカの明るくてまっすぐな性格に惹かれて仲良くなった。


マイはアヤカの話をじっと聞くのが得意で、アヤカの心の支えになっていた。


ある部活が休みの日の放課後、アヤカとマイはカフェで過ごしていた。


「私、今度の対外試合で出場できるんだって。でもちょっと不安で…」


マイは優しく微笑みながら答えた。「アヤカならきっと大丈夫だよ。アヤカはすごく頑張ってる。ずっと応援してるよ。」


「ありがとう、マイ。」




10.


8月に入り、新チームになってから、合宿が始まった。


最初の数日間は、守備の特訓が中心だった。


太陽が強く照りつけていた。


コーチの打ったボールが鋭く飛んできた。

アヤカは反射的にグラブを伸ばした


ボールは彼女の手をすり抜け、彼女は地面に叩きつけられた。


アヤカは下唇を噛んだ。

汗と泥でユニフォームが汚れ、腕には擦り傷ができていた。


「アヤカ、もっと体を前に出して!」


コーチの声が響く。

アヤカは立ち上がり、再び守備位置に戻った。

彼女の目は真剣そのものだ。


次の打球は高く舞い上がり、空中で弧を描いて彼女の方へ落ちてきた。


アヤカは素早く後ろに下がり、両手でしっかりとキャッチした。

手のひらに感じるボールの重みが、彼女のやる気をさらに燃え上がらせた。


「よし、その調子!」


休む間もなく次の打球が飛んできた。アヤカは汗だくになりながらも、まっすぐにボールを追いかけた。


何度も何度も打球を捕るうちに、アヤカの体力は限界に近づいていた。

足どりは重く、呼吸は荒い。

それでも、彼女は一度も諦めることなく、ボールに向かって突進し続けた。



守備練習が終わると、アヤカたちは素振りの練習に取り組んだ。

バットを握りしめ、全力で振り抜くたびに、腕に力が入りすぎていることを自覚した。



「もっとリラックス!腕の力を抜いて!」

コーチの指導が響く。


アヤカはそのアドバイスを心に留め、バットを振り続けた。


夕方になると、全員が疲れ果てている中、アヤカは自主練を続けた。


彼女の腕は重くなり、力が入らなくなってきたが。

バットを振り続けるうちに、腕の筋肉が悲鳴を上げ始めた。

左の手のひらにできたまめが痛みだした。


「まだまだ、やれる…」アヤカは自分に言い聞かせ、素振りを続けた。




11.


合宿が終わってからも、アヤカは毎日厳しい練習を続けた。


彼女は女子プロ野球選手になるという夢に向かって、全力を尽くしていた。



ある日、アヤカは練習中に突然めまいが襲い、倒れ込んでしまった。

コーチとチームメイトたちが駆け寄り、彼女を支えた。


「アヤカ、大丈夫?」リョウが心配そうに尋ねた。


「少し休ませて…」

アヤカは力なく答えた。




その後運ばれたアヤカは病院で診察を受けた。

過労とストレスが原因で体調を崩したと診断された。

医師からはしばらくの間、練習を控えるようにと言われた。


「アヤカ、無理をしすぎたんだよ。少し休んで体を大事にしなさい。」

母親が心配そうに言った。


「でも、私は…練習を休んだら、みんなに追いつけなくなるかしれない…」アヤカは涙を浮かべながらしゃくあげた。



アヤカは自宅で休養をとりながら、次第に自信を失っていった。

体を動かせないことで、これまでの頑張りが無駄になってしまうのではないかという不安が彼女を襲った。


そんな時、親友のマイが見舞いに訪れた。


「アヤカ、無理しすぎたんだよ。少し休んで、また元気になったら練習すればいいと思うよ。」


「でも、私は…」

アヤカは声を震わせた。


「アヤカは本当に頑張り屋さんだね。でも、頑張ることばかりが大事じゃないよ。体も心も大事にしなきゃ。」


マイは優しくアヤカを抱きしめた。




母親は毎日、アヤカの自室に食事や飲み物を持ってきてくれた。

彼女の体調を気遣い、栄養バランスの取れた食事を用意してくれた。


「アヤカ、今日は特製のおかゆを作ったから、しっかり食べてね。」

母親は優しく微笑みながら言った。


「ありがとう、お母さん。」


母親はアヤカの部屋に長く留まることなく、そっと彼女の気持ちに寄り添うようにしていた。


アヤカは母親の優しさに触れ、少しずつ心が癒されていくのを感じた。




12.


しばらくするとアヤカは練習に復帰した。

チームメイトたちは優しく迎えてくれた。


アヤカはその思いに胸が締め付けられる思いがした。


練習が終わり、アヤカは家に帰った。



テレビをつけると、女子プロ野球の設立が報じられていた。

アヤカの目には希望の光が輝いていた。


「ついに…女子プロ野球が始まるんだ!」

アヤカは思わず叫んでいた。



その瞬間、彼女の中で新たな炎が燃え上がった。

今までは夢だった女子プロ野球選手が、現実に手が届く目標となったのだ。



「お兄ちゃん、見て!女子プロ野球が設立されるんだ!」ア

ヤカは兄に興奮気味に話しかけた。


「これでアヤカの夢が現実になる可能性が広がったね。」ケンジは笑顔で答えた。



アヤカの家族は彼女の野球に対して様々な反応を示した。

母親はアヤカの情熱を理解し、サポートしていた。

一方で、父親はまだ野球を続けることに対して懐疑的だった。


ある日、家族での食事の席で、父親がアヤカに話しかけた。


「アヤカ、将来のことを考えたことはあるか? 高校を出たらどうするつもりなんだ?」

父親が真剣な表情で言った。


「もちろん、お父さん。私は女子プロ野球選手になりたいんだ。」

アヤカは強い意志を込めて答えた。


「夢を追うのはいいことだ。でも、現実も見なければならない。」


父親の言葉に、アヤカは一瞬戸惑った。

母親がそっと彼女の手を握った。


「私はあなたの夢を応援してるよ。お父さんも理解してくれる時が来ると思うわ。」


母親は微笑みながら言った。


アヤカの心には複雑な感情が渦巻いていた。


父親の理解を得られないことが、彼女にとって大きな悩みとなった。




13.



父親は息子のケンジにはあれこれ口を挟んでいた。

一方で、娘が野球をすることには否定的な意見を持っていた。



父親はアヤカの野球に対する情熱を理解するために、ある日こっそりと彼女の練習を見に行くことにした。


彼は離れた場所から、アヤカが全力で練習に取り組む姿を見守った。


アヤカは一球一球に集中し、ミスをしても諦めずにボールを追い続けていた。


真剣な表情で汗びっしょりになりながら野球に向き合っていた。


「こんなに一生懸命にやっているんだな…」

父親は心の中でつぶやいた。


数日後、父親はアヤカに話しかけた。「アヤカ、お前の練習を見たよ。お前の決意は本物なんだな。」


「お父さん…」

アヤカは驚きながらも嬉しそうに答えた。


「夢を追いかけるのも悪くはないだろう。気の済むまでやってみなさい。」



14.


それからというもの、アヤカはさらに練習に力を入れるようになった。

朝早くからグラウンドに出て、素振りやキャッチボールを欠かさず行った。放課後も、日が沈むまでひたすら練習に打ち込んだ。


「女子プロ野球選手になるために、もっともっと頑張るんだ。」

アヤカは自分に言い聞かせた。


彼女は一歩一歩、夢に向かって進んでいった。





練習試合の日がやってきた。


相手は甲子園出場歴のある強豪校だった。

チーム全体が緊張と期待で満ちていた。


「今日は勝とう!」

リョウがチームメイトに声をかける。


「おう!」全員が力強く応じた。


試合開始前、アヤカは心の中で決意を新たにした。

「私はこの試合で全力を尽くす。チームのために、そして自分のために。」



15.


試合が始まった。

アヤカたちは序盤から相手チームに押され気味だった。

相手の打者たちのパワーと技術に圧倒され、点差が開いていく。


「しっかり守ろう!」

コーチの声が響く中、アヤカは冷静に守備位置についた。


相手チームの四番打者が打席に立った。


鋭いライナーがセカンドに飛んできた。

アヤカは素早く反応し、体を横に飛ばしてキャッチした。


態勢を立直して一塁に送球した。

ダブルプレーが成立した。


そのファインプレーに、アヤカらチームメイトからの歓声に包まれた。


「ナイスキャッチ、アヤカ!」


アヤカがベンチに戻るときに、リョウが声をかけた。




試合は終盤に差し掛かり、アヤカたちは少しずつ点差を縮めていった。

チーム全体が一丸となって戦い、最後のイニングに逆転のチャンスが訪れた。



「このチャンスを逃さないぞ!」キャプテンが力強く言った。


一打サヨナラの場面でアヤカに打席がまわってきた。


アヤカは集中してピッチャーのボールを見つめた。


彼女はこれまでの努力と仲間たちの支えを胸に、全力でバットを振り抜いた。

ボールはバットに当たり、ボテボテのゴロがショート方向に転がった。


「全力で走れ!」コーチの声が響く。


アヤカは全力疾走し、一塁に向かってヘッドスライディングを試みた。

土埃が舞い上がる中、彼女は一塁ベースに手を伸ばし、セーフの判定を受けた。


「セーフ!」

審判の声が響いた瞬間、チームメイトから歓声が聞こえた。


その間に三塁ランナーがホームインし、チームはサヨナラ勝ちを決めた。


「やった!」チームメイトたちは喜びの声を上げ、アヤカに駆け寄った。



「ナイスラン、アヤカ!」リョウがアヤカの肩を叩いた。


「ありがとう、みんなのおかげだよ。」

アヤカは息を切らしながらも、笑顔で答えた。


彼女の全力プレーは報われた。

彼女は自信を取り戻し、再び夢に向かって歩み始めた。



16.



アヤカの挑戦と挫折は続いたが、彼女はいつも仲間たちに支えられていた。試合でのミスや困難な状況にも立ち向かいながら、アヤカは成長し続けた。


ある日の練習後、マイがアヤカに声をかけた。「アヤカ、君は本当に強いね。どんな困難にも立ち向かっていく。」


「ありがとう、マイ。でも、一人じゃ無理だったよ。みんながいてくれるから頑張れるんだ。」アヤカは微笑みながら答えた。


リョウもアヤカに近づいて言った。「これからも一緒に頑張ろう。君の挑戦はまだ始まったばかりだ。」


「うん、私たちの挑戦はこれからだね。」アヤカは力強く答えた。





アヤカは仲間たちと共に、女子プロ野球選手になる夢に向かって進み続けた。

彼女の心には常に希望と勇気があり、未来への道を切り開いていった。




アヤカの挑戦は終わることなく、彼女の成長は続いていく。


どんな困難も乗り越え、彼女は夢に向かって進み続けることだろう。





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