【短編小説】決意(2608文字)
1.
あるよく晴れた夏の日だった。
体育館の外から蝉の声がした。
私はリベロとしてコートに立っていた。
入念に準備し、全力でプレーするつもりだった。
相手チームのサーブが私の方に飛んできた。
一瞬ためらってしまった。
ボールは私の手をすり抜けた。
そしてコートの枠内に落ちた。
体育館が一瞬にして静まり返った。
冷たい汗が額を流れた。
私は目線をコートの隅にそらした。
コーチとチームメイトの視線が、私の背中に突き刺さるようだった。
試合は進んでいった。
私は次第に消極的なプレーになっていった。
相手チームのスパイクが私の方に飛んできた。
体が硬直して、うまく反応できない。
またボールを返すことができなかった。
私が犯すミスがチームの流れを乱しているのが分かった。
「私のせいだ」という思いが頭を離れなくなっていく。
自信を失って、守りに入ってしまった私のプレーは、チームにとって負担でしかなかった。
私たちは大差で敗北した。
試合終了のホイッスルが鳴った。
私はコートの中央に立ち尽くした。無意識に拳を握りしめていた。
自分の無力さを味わっていた。
ベンチに戻るとき、私はチームメイトの目を見ることができなかった。
2.
体を引きずって体育館を出ようとしたときだった。
コーチの声が私の背後から響いた。
私は背中がゾクッとするのを感じた。
「ちょっと待て。」
険しい表情だった。
私は視線を床に落とした。
「今日はどうしたんだ?らしくないプレーばかりだった。何があったんだ?」
何かを言おうとした。
喉元がつかえて何の言葉も出てこなかった。
ミスをした瞬間から、すべてが怖くなっていた。
消極的なプレーを続けてしまったことを思い返した。
私は下唇を噛み締めていた。
「ミスをしたこと自体は問題じゃない。その後プレーが消極的になった。それがチーム全体に影響を与えた。リベロの役割は、チームを支えることだ。リベロが崩れれば、チームも崩れる。それを自覚しろ。」
何も言い返せなかった。
私の目には涙がにじんでいるのを感じた。
「もっと自信を持て。ミスを恐れるな。恐れるからこそ、ミスが増えるんだ。」
重い沈黙が体育館に広がった。
深い闇の底へ沈みそうだった。
「次の練習では覚悟しておけ。」
コーチは体育館の出口へ向かっていった。
私はその背中をいつまでも黙って見送っていた。
3.
次の日に私はいつもより早く体育館に向かった。
シューズの軋む音がする。
昨日の言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。
コーチが体育館に入って来た。
地獄からの使いのように感じられた。
目が鋭く光っていた。
私はコートに立った。
コーチはボールを持ち上げた。
サーブを打ち込んできた。
空気を切り裂くような勢いだった。
「止まるな!もっと速く、正確に反応しろ!」
私は必死にボールを追いかけた。
何度も何度もレシーブを試みた。
ボールが手に当たるたびに、衝撃が全身に伝わった。
そのうちに体が重くなっていくのを感じる。
ボールのスピードと威力はさらに増していった。
反応が少しでも遅れれば、ボールは私をすり抜けていく。
私は再び構え直してボールに向かっていった。
私の呼吸は荒くなっていった。
手の甲や腕の痛みは増していった。足取りも重くなっていく。
それでも渡しコーチの打つボールに反応し続けた。
体は限界に近づいていた。
心の中では決意が燃え続けていた。
「しっかり立て!これで終わりじゃない!」
コーチの声が私を奮い立たせた。
私は疲労と痛みに耐えながら再びボールに飛び込んだ。
限界が近づくにつれて、動きはますます鈍くなっていった。
コーチが放った強烈なサーブが私の目の前に飛んできた。
反応しようとしたが、足がついていかなかった。
私の腕は届かずにボールは床に落ちた。
息が切れて、全身が痛みに包まれた。
私はその場に崩れ落ちそうになった。
何とか立ち上がり、再び構えを取ろうとした。
「まだだ…まだ頑張らなきゃ…」
心の中でつぶやいた。
体は限界を迎えていた。
次の瞬間、コーチが放ったボールに反応しきれず、私はその場に膝をついてしまった。
「もう十分だ。よく耐えた。」
コーチが歩み寄ってきた。
表情は厳しかった。
優しさも感じられた。
私は驚いて顔を上げた。
厳しい言葉をかけられると思っていた。
「でも、私は…もっと…」
私は息を切らしながら言葉を絞り出した。
「自分を追い込みすぎるな。今日は限界まで頑張った。自分を誇れ。」
私は胸がいっぱいになった。
その言葉は救いでもあった。
私は疲れ切った体を支えながら、なんとか立ち上がった。
「ありがとうございました…」
私は脚をひきずりながら体育館の外に向かった。
全身が痛みに包まれていた。
昨日とは違う感覚が胸の中に芽生えているのを感じた。
涙がまた目の端に溜まっていた。
同時に悔しさだけではないのも感じていた。
これからの自分に期待を感じた。
4.
部屋に帰った。
私はシャワーを浴びて汗を流した。
ベッドに横たわった。
体の痛みと疲労が一気に押し寄せてくる。
私は無意識にスマートフォンを手に取っていた。
薄暗い中をかすかな光が照らしている。
親友のサクラとの通話画面を開いた。
数秒後、彼女の穏やかな声が響いた。
「大丈夫?今日はどうだった?」
私は抑えきれなかった感情が溢れ出してしまった。
「サクラ…聞いて。私、全然ダメだったの…またあんなにミスしちゃって…」
声が震えて涙が止まらなくなった。
昨日と今日の出来事が一気に思い出された。
胸が締め付けられるような思いだった。
「辛いかもしれないけど、少しずつでも前に進んでいけばいいよ。今日だって、頑張ったんでしょう?それが大事だよ。頑張りつづけてたら、きっといいことがあるよ。神様はきっと私たちを見てくれているよ。」
その言葉は冷静でありながらも温かかった。
私の涙は次第に止まっていった。
「ありがとう。今日は本当にきつかったけど、コーチに『自分を誇れ』って言われて、少しだけ救われた気がするんだ。」
「それでいいんだよ。頑張ってるのが伝わってるから、コーチもそう言ったんだと思うよ。」
私は再び涙が浮かびそうになった。
悔しさでもなく喜びでもない涙だった。
「本当にありがとう。もう少し頑張ってみるよ。」
「私はいつでも応援してるからね。無理しすぎないようにね。」
私は疲れ切った体をベッドに沈めた。
心の中で思いやりのある言葉を繰り返していた。
支えてくれる人がいることに胸がいっぱいだった。
次の一日への力を得た気がした。
そして私は深い眠りについた。