[歌詞考察]イエローライトと安本彩花さんとメンバー加入
大学芸会を見れなかったので今日初めてイエローライトを聴きました
歌詞の考察です
聴いた方ならわかると思いますが、
「イエローライト」とは
黄信号のこと。
「点滅してる赤と青の間」という歌詞などから想像できますね。
最近のエビ中の歌詞は深すぎて、、
いつまでも考えられそうなのですが、
ここでは今のところ僕が考えた歌詞の意味について書きます。
「眠れない夜にも慣れたみたい」
という歌詞。
幾多の試練を乗り越えたエビ中の事を言っているのでしょう。
ちなみに、
「ホーリーナイト」とは聖なる夜、
つまりクリスマス(イブ?)を指します。
(2017年)、2018年、2019年、2020年と
クリスマス大学芸会は2018年のみでしたが、
エビ中はいろいろあって
クリスマスはフルメンバーではなかった。
()がついている2017年の12月は7人。一部の人にとってはフルメンバーとは思えなかったと思います。
それを表しているのでしょう。
また、
「怖がらないで立ち止まる」
「最高だよって笑うため 私は足踏みしたりするんだ」
「進める時が進める時さ」
以上の歌詞から、
「エビ中は今は進むべきじゃない」
というメッセージを感じました。
エビ中にずっと携わってくれたたむらぱんさんが
何故そんなことを言うのか。
答えは一つしか考えられません。
「彩花ちゃんを待ってるよ」
という意味ではないでしょうか。
「黄信号」は、一般的な考えだと「注意して進め」など、
進んでもいいと考えられていますが、
本当は、安全に止まれない時以外は止まらなければいけない。
(今が「安全に止まれない時」なのかもしれませんが、)
たむらぱんさんは「とりあえず今は停止して、エビ中は彩ちゃんを待ってるよ」
ということを伝えたかったのではないでしょうか。
「そこには必ず意味はあるから」。
また、
「どくどく鳴っているんだよ さわぐ血汐が」
という歌詞があります。
普通は「血潮」と書くため、「汐」になにか意味があるのではと考えました。
「汐」は元々夕しお、夕方に満ちる潮を表しているのだそうです。
考えすぎかもしれませんが、
最後に
「夕日は溶けて愛に変わった」という歌詞があるように
「夕方」には意味があって、
そしてエビ中はいま「夕方」にいるのでしょう。
「現在のエビ中には朝とは違った美しさがある」
と表しているのだと考えていたのですが、
もう一度考えてみると、それは違うのではないかと思い始めてきました。
「夕方」は、本来のイメージの
「夜の手前」という意味、
つまり、「もうすぐ夜がくる」という意味合いでよいのではないか。
前述したように
「夜」は一般的なイメージ通りこの曲でもいい印象ではありません。
ただ、
エビ中は「立ち止まる」、「足踏みする」ことで
彩ちゃんが帰ってくる時に
「夕日は溶けて」、また朝が訪れるのではないでしょうか。
ずっと一緒にやってきた彩花ちゃんを置いていくわけにはいかない。
それこそが「愛」なのだと、
そういうことを表しているのではないでしょうか。
そして最後、
では新メンバー加入はどうなのか。
製作当時にたむらぱんさんがそのことを知っていたのかはわかりません。
発表が1月1日でイエローライトの初パフォーマンスが前年の12月27日。
作曲したのはそのずっと前なのでしょうから、
「その当時はまだ知らない」と考えるのが妥当だと思います。
ただ、もし知っているのだとしたらこの考察は間違っている可能性が高くなります。
なのでたむらぱんさんは
いちエビ中ファミリーとして
新メンバー加入に反対だったのかもしれません。