機動戦士ガンダム 全話レビュー第16話「セイラ出撃」
あらすじ
中央アジアを西に向かうホワイトベースは、約束の場所でレビル将軍からの連絡を待っていた。やがて砂塵の向こうやって来た伝令は「オデッサデイは5日後、それまでにカスピ海を渡れ」という指令を伝えて息絶えた。そのとき艦内では塩がなくなるという問題が持ち上がっていた。この問題を解決するため、ホワイトベースは砂漠の中にあるという鹹湖を探して進路を変更する。この動きをキャッチしたジオン軍では、ランバ・ラル隊がホワイトベース攻撃を企てる。
脚本/山本優 演出/斧谷稔 絵コンテ/ 作画監督/青鉢芳信
コメント
「地球連邦軍本部と連絡が取れぬまま、ホワイトベースは中央アジアを西へ向かう。少年達は疲れきり、ただ与えられた任務を行うだけであった」。永井一郎のナレーションによって、一路中央アジアの平原へと導かれるホワイトベース。いよいよ第2クールの本編である。疲れ切った少年たち。彼らを戦力とみなす連邦軍。ガルマの敵討ちのため追撃してくるランバ・ラル隊。そんな構図が見えてくる。
「塩がない」というタムラ料理長の言葉から、鹹湖(かんこ=塩湖)を探し当てようと進路を変えるホワイトベース。その動きをキャッチしたジオン軍のマ・クベ大佐は、これをランバ・ラル隊に伝え、彼らにホワイトベース追撃に向かわせた。どうやらこのマという男の言葉からするに、ランバ・ラルを送り込んだドズルと、マの上官キシリアとの間には確執があるようである。
一方ホワイトベースでは、ランバ・ラル隊の動きを察知してガンダム、ガンキャノンで迎え撃つ作戦を立てる。アムロとリュウが出撃を命じられるが、その前になぜかセイラがガンダムに勝手に乗り込み出撃してしまう。宿敵、赤い彗星のシャアの妹という微妙な立場であることを隠している彼女だが、執拗にホワイトベースをつけ狙っていた彼がガルマ撃墜以降姿を見せなくなったことを気にかけ、何とかジオン側から情報を得たいと考えていたのだ。だからといって、乗ったことのないガンダムでいきなり実戦に出て敵と接触したところで、相手は本気でかかってくるに決まっている。とても情報を得るどころではないと思うのだが、冷静そうで、こと兄のことになると無謀に走るセイラさんである。
案の定、不慣れな操縦に加えて敵は今のところは新型のグフ、セイラは早速敵にやられ放題になってしまう。何とかしようとアムロはガンキャノンでで出撃し援護に向かうが、無我夢中のセイラは通信回路を切ったままで連携しようがない。それでもアムロはグフを後方から牽制し、コズンのザクを鹵獲する。
今回はアムロがガンキャノンに搭乗して奮闘するが、この、戦場をくぐり抜けたことでちょと調子に乗っている感のあるアムロと、兄の生死を知りたいばかりに突っ走ってしまうセイラ、それぞれの危うさにこれからのドラマを感じる。「わかりあえない」人々の物語、ここまでは敵対する者、武器を取る者と取らざる者という立場の違いからくる壁が描かれてきた。しかしこの砂塵吹き荒れる荒涼とした大地で、少年たちはその内部にある壁をこれから見ることになる。
今回の無断出撃でブライトはセイラは3日間の独房入りを言い渡され、さらにその後アムロが同じ憂き目に遭う。アムロは主人公だからわかるとして、セイラが動くとストーリーが新たな展開を見せる、という点にも注目。本作のヒロインはフラウ・ボゥかセイラ・マスかどちらだろうと言われるが、こうして見るとやはりセイラにその役割が与えられているのではないか。
この一言! 「ロプ・レイク、鹹湖。500年ごとに西と東に振り子の様に移動する」
セイラの出撃という大きなトピックのある16話だが、もともと脚本家がつけた仮題は「シルクロードに進路をとれ」であった(徳間書店発行「ロマンアルバムエクストラ35 機動戦士ガンダム」より)。このレビューは、ホワイトベースが地球上のどの場所にいるかを推測しながら進めているが、こうして見ると、本作は戦争の物語であると同時に、少年たちがゆっくりと飛行する大きな船で地球上を放浪しながら一周する、ロードムービーであることがわかる。
1979年当時の世界情勢からすると、ホワイトベースの進路はまさに「鉄のカーテン」で閉ざされていた地域である。ちょうど放映年に、日中共同取材班が「シルクロード」取材のため中央アジアに入っていた。翌1980年から始まった「NHK特集 シルクロード 絲綢之路」はその幻想的な喜多郎の音楽と相まって大ヒットし、私もそのエキゾチックな風景と遥かな道の歴史に魅せられたうちの一人である。ヒットの要因の一つは外国メディアとして始めてこの中国奥地の取材が許されたからで、現在はパッケージツアーが催行されているこの地域は、まさに未知なる領域であった。
そんな中央アジアに舞台が移ったことから、これまでにない自然と歴史の情景を物語の中に取り込んでいる。その一つのアイテムが、マ・クベ大佐の「北宋の壷」であり、ホワイトベースが探し求めた「さまよえる湖」である。今回は、この湖に注目したい。
塩を得るためにホワイトベースが探し求めた鹹湖。「かんこ」と読むが、これは塩湖、つまり塩水をたたえる湖を表す。マーカーがホワイトベースのデータベースから探し当てた「ロプ・レイク」とは、中国・タクラマカン砂漠の北東部に位置した湖「ロプノール」のことだろう。
ロプノールは、パキスタン・インド・中国の国境付近にそびえるカラコルム山脈(7000m級の山々からなる山脈で、最高峰は世界2位のK2)に源流を持つタリム川の支流が流れ込んでできた湖である。かつて、シルクロードが最もシルクロードらしい風景を描き出すタクラマカン砂漠の入り口ともいえる場所にあった。その湖畔には数千年前から人類が居住していたことを示す遺物が見つかっている(有名な「楼蘭の美女」と呼ばれるミイラは紀元前1900年頃のものと推測されている)。やがてここに楼蘭と呼ばれるオアシス都市国家が生まれ、シルクロードが南北に分かれる分岐点にあたることから、交易地として大いに栄えたという。歴史書にその名が登場するのは紀元前170年代からである。しかし4世紀以降、記録は途絶える。ロプノールが姿を消し、水源を失った都市もまた砂に埋もれてしまったのだ。そして19世紀後半まで地理学的空白地帯として残されたのであった。
しかし1900年、スウェーデン人の探検家スヴェン・ヘディンがこの地を探検し、楼蘭遺跡を発掘したことで脚光を浴びることとなった。ヘディンが消えた湖ロプノールの謎を解き明かすために提唱したのが「さまよえる湖」という論考で、マーカーの台詞にある「500年ごとに西と東に振り子の様に移動する」とは、そこから来ていると思われる(ただし、ヘディンは湖が移動するのは1600年ごとと考えた)。
湖がさまようのは、ロプノールを形成するタリム川が、堆積物による高低差が変化することで流路を変え、それによって水の流れのなくなった場所が干上がり、流れ込むようになった場所に新たな湖が出現するからだ。それがさも、湖がさまよっているかのように見えるのだという。
マーカーがデータベースから探したロプノールは干上がっていたが、別のところに「移動」していた。干上がった場所には恐らく塩が残っていただろうが、スペースコロニー育ちの彼らにとって、地に塩があるというのは想像を超えた世界なのかもしれない。
マ・クベの「北宋の壷」や「さまよえる湖」など過去の歴史を感じさせるものは、この物語が私たちの現在と過去の延長線上にあることを意識させてくれる。本作のリアル感は、そんなところからも生み出されていたのではないだろうか。