機動戦士ガンダム 全話レビュー第27話「女スパイ潜入!」
あらすじ
次の戦いに備え余念のないホワイトベースのクルーたち。なし崩し的に「軍人」にされていく状況が気に入らないカイは、軍を抜けることを決意する。船を下りたカイは、前に基地の前で出会った少女ミハルと再会。カイは彼女がスパイであると勘づいたが、それとなく、ホワイトベースが夜に出ること、右エンジンの修理に手間取っていることを教えてやる。そのころ、木馬の動きを探っていたシャアは、スパイ107号を木馬に潜り込ませるよう、ブーンに指示した。
脚本/星山博之 演出/久野弘 絵コンテ/斧谷稔 作画監督/山崎和男
コメント
再び動き出したシャア、スパイの少女。その情報の届く先にシャアがいることから、やがてホワイトベースが、赤い彗星と対峙する日がくることが予感される流れが前話で作られた。シャアはまだ知らないが、見ている者たちはホワイトベースの目的地が連邦軍本部・ジャブローであることを知っている。シャアが木馬をまた追撃し始めれば、そこに大きな戦いが待っているはずだ。そんなワクワクの種が撒かれたわけだが、クールでニヒルな宿敵が、血相を変え遮二無二敵を追いかけるわけにはいかない。しかも前回木馬を追いかけていたとき、その目的は木馬追撃を装ったガルマ暗殺であったが、今回はガンダムそのものがターゲットなのである。
しかし、ここで製作者らは視点を外の世界へ移してゆく。もともと戦争に巻き込まれた避難民だった主人公たちが、オデッサ作戦によって軍隊となった今、精鋭化していく彼らを描いていく中で、こぼれ落ちてゆくものがある。それはあの第1話、爆音におびえ逃げ惑うものの一人だった彼らの姿である。もう一度原点に立ち返る。そんな意味が、この挿話には込められているのではないか。
ナレーションではなく、アムロによるGパーツ運用の課題の説明から始まる27話。レビル将軍も臨席するそのミーティングで、アムロは水を得た魚のように見える。そこで途中でトイレのために席を立つカイ。廊下に出ると「冗談じゃねえよ」と毒づく。「みんな一生この船にいるつもりらしいや」
ただその場にいて巻き込まれ、戦わざるを得なかったから戦っただけ、だったはずの仲間たちが、いつの間にか精鋭の戦士になり、自分だけがあの時のまま。生き延びてここまでこれた。それで十分じゃないのか? 言葉にならない思いが、この短いワンシーンで伝わってくる。そして彼は決意する、船を降りると。
私服に着替えて出ていこうとするカイは、ブリーフィングルームから出てきたアムロ、ブライトと出くわす。そういえばアムロがホワイトベースを降りようとしたのはちょうど10話前だった。そのアムロが「今日まで一緒にやってきた仲間じゃないですか」と言えるようになっていること、それが成長なのだろう。アムロがホワイトベースを降りたのは、ガンダムを下ろされたことが原因だった。カイは違う。かれはその理由をこう語る。
ブライトさんよ、無理のしすぎじゃ戦いは勝てないぜ。
だから俺は降りるんだ。
‥‥俺は限界を超えたのよね。
その頃ジオン軍は、シャアのマッドアングラー隊が動き出していた。ゴックが一機あるだけ、という状況だが、それでいい、と鷹揚なシャア。狙いは木馬の行き先を突き止めることにあった。副官のブーンは、すでに探りは入れてあるという。出来る男である。と同時に、その探りって? と、あのスパイの少女が脳裏に浮かぶ。だって今回のサブタイトルはずばり「女スパイ潜入」なんだから。
そして二人は再び顔を合わせることになる。船を降りたカイ、物売りのふりをしたスパイの少女。爆撃を受け焼け野原になったベルファストの街の風景が、現在進行形の戦争が行われている今見るとあまりにも生々しく感じる。最初にガンダムが放映されたとき、本来のロボットアニメの対象年齢より高めの10代の若者たちが口々に言ったのは「リアリティがある」ということだった。それは合体ロボットを「モビルスーツ」という兵器にしたという設定ももちろんあるが、爆撃された市街地、避難する人々、親を亡くした子‥‥そうした、戦争によって引き起こされる困難な状況の中で生きる人々を、この世界の現実として描こうとしたことにもあるのではないだろうかと感じる。
基地の外に出たカイを待ち構えていたかのように「兵隊さん」と声をかけたのは、あのスパイの少女だった。
またあんたかい
その様子じゃ、軍艦を追い出されたのかい?
泊まるとこないんだろ? うちへおいでよ
いいのかい?わけありだな
まさか、2、3日ならいいってことさ。あたし、ミハルってんだ。
ここではじめて、彼女がミハルという名であることが明らかになる。荒れ果てた市街地を離れ、丘の上の空き家にもぐりこみ、弟と妹、きょうだい3人で暮らしているらしい。家に招かれたカイだったが、二人の幼いきょうだいの警戒心丸出しの様子、そして彼女の持っていたカゴの底に隠された拳銃を見て、彼女の本当の目的を悟ったのだった。
その上で、カイは言う。
ホワイトベースな、夜にはここを出るぜ。
右のエンジンが手間取っているらしいんだ
あそこを狙われたらまた、足止めだろうけどさ
一番知りたかった情報をいとも簡単に話したカイにミハルは驚くが、そこに流れるカイの同情を、彼女は受け取ったにちがいない。そして、その情報は即座にシャアの部隊に届けられた。彼は、ゴックで攻撃をかけている間に、木馬に107号をもぐりこませるよう、ブーンに指示する。
マッドアングラー隊の2番艦から新型の水陸両用モビルスーツ、ズゴックが発進、その動きを察知した連邦軍基地では迎撃体制が敷かれた。ズゴックが上陸、援護にゴックを発進させると同時に部下のコノリーをゴムボートで上陸させ、107号と接触すると言う手筈である。
迎え撃つ連邦軍はホワイトベースから、ギリギリ動けるまで修理ができたガンダムとGファイターが出撃する。こうして、カイのちょっとした同情心から出た一言が、事態を大きく動かしていくことになるのだ。
ミハルの家で休んでいたカイは、突如響いてきた爆撃音に身を起こす。その時すでにミハルは、上陸していたコノリーと接触し、木馬に乗り込んで行き先を知らせろ、という指令を受け取っていた。
そして家に戻ったミハルは、カイがいないことに気づき、弟らに尋ねる。「何かいってたかい?」
「がんばれよって」。この言葉できっと、ミハルはカイがさりげなく情報を漏らした訳を悟ったに違いない。ミハルはふたりを抱きしめると、仕事でしばらく家を空けることをつげ、最後にこう言うのだった。
この仕事が終わったら、戦争のないところへ行こうな、3人で。
辛抱するんだよ。二人は強いんだからね。
幼い妹は頬ずりするミハルにいう。「ねえちゃん、ねえちゃん、母ちゃんの匂いがする」
その言葉に思わず涙ぐむミハルというこの少女は、なんという重荷を負っているのだろうか。それはすべて、戦争の2文字がもたらしたものなのだ。
援護のためカイに代わってガンキャノンで出たハヤトだが、敵の新型、ズゴックに手こずってしまう。いてもたってもられなくなったカイの戦線復帰と、ゾーンに入ったかのようなアムロの活躍で敵を撃破したホワイトベースだったが、その戦いの最中、連邦軍の制服をまとったミハルが、艦内に潜り込んでいた‥‥
大人になってから見ると、ミハルときょうだいとの抱擁シーンには思わず涙ぐんでしまう。が、結果的に彼女をスパイとして木馬に送り込むきっかけを作ってしまったカイ、彼はなぜ船を降り、そしてなぜ再び船に戻ったのか。その心理を追ってみたいと思う。
この一言! ほんと、軟弱者かもね
軍人をやめて船を降りる決断をしたカイ・シデン。その理由は「無理に無理を重ねて、もう限界を超えた」ことに尽きるだろう。ここまで、なんとか己を奮い立たせてやってきた。そうしてようやく、船を降りられる状況ができたのだ。それなら降りる。もう限界だ。彼の決断を責められる者など、誰もいないだろう。
実は、こういう問題行動はカイが初めてではない。アムロはガンダムへの搭乗を拒否したり、ガンダムに乗って勝手に船を降りてしまったりした。だからだろうか、出ていくカイを見送るセイラやフラウの様子が意外にカラッとしていて、悲壮感を感じさせない。そして、アムロが船を降りると言ったカイをさりげなく引き留め、さりげなくフォローしているのも、自分も同じ思いをした、という共感があったからだろう。
しかし、ある意味無理をし続けて限界を超えているのは、他のクルーも同じはずだ。なぜカイは、船を降りようとしたのだろうか。船を降りれば、軍人でなくなる。そうすれば、もう戦争をしなくて済むはずだ。そういう思いがあったからに違いない。アムロからもらった工具を下げて、荒廃したベルファストの街で「電気屋でも始めるか」とつぶやいたのは、そんな安堵感からではなかったか。
もしそこでミハルという少女と出会っていなければ、彼はそのまま船を降り、一介の市民として生き延びられたかもしれない。しかし、そうはならなかった。ミハルという少女を通して、彼は知ったのだ。ホワイトベースを降りたとしても、戦争という現実からは逃れられないということを。おそらくは戦火で親を失い、住む家を失った彼女は幼いきょうだいを養って生きていくため、スパイとしていやでも戦争に関わらざるを得なかった。戦争は、容赦なく人々の生活の場を戦場に変えていってしまう。
カイが漏らし、ミハルがジオン軍にもたらした情報によって、敵が上陸してきたとき、カイはその様子を高台から見下ろしていた。不慣れなガンキャノンで出撃したハヤトは、ズゴックの餌食になりかけていた。そのときカイは、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
おれにはもう関係ないんだよな、ドンぱちなんか‥‥
関係ねえよ、しかしよお、ちくしょう、
なんで今さらホワイトベースが気になるんだ
そして、通りがかりの男からバイクを借りて基地へと走り出す、彼の心に一体どんな変化があったのだろうか。
ほんと、軟弱者かもね
ホワイトベースで過ごした日々のことを回想しながら、ふと口に出た言葉。そこに、いつも茶化した言葉や皮肉で隠している彼の本音があるのではないだろうか。第二話で、セイラとフラウ・ボゥが逃げ遅れた人を探していたとき、我先にホワイトベースに逃げ込もうとエレベーターに駆け込んだカイに、セイラがビンタを喰らわせて放った言葉がこれである。
それでも男ですか、軟弱者!
あのとき、怪我をした軍人を助けようともせずホワイトベースに逃げ込もうとした自分が、今度はもう限界だからと、我先にホワイトベースを降りようとしている。ようやく彼は気づいたのだ、なぜセイラが自分を「軟弱者」となじったのか。あのときも、そして今も、彼は自分のことしか考えていなかった。だからこそ、彼はそのあとこう言うのだ。
とにかく連中ときたら、手が遅くて見てられねえんだよ
彼らしい婉曲表現だが、このときカイははじめて、自分が生きるためでなく、他の人を生かすために動き出したのだ。
ここからは余談だが、本作について、あまりにも絵が拙いので、今の作画技術でリメイクしてほしい、というリメイク待望論が根強いことがある。だが個人的にはリメイクには反対である。なぜなら、今という時代に再び本作を最新作として公開するとすれば、ポリティカル・コレクトネスの問題は避けて通れないからである。たとえば上記のセイラのセリフ、「それでも男ですか(平手打ち)」は完全にアウトだろう。アムロのあまりにも有名なセリフ「二度もぶった、親父にもぶたれたことないのに!」(ブライトの鉄拳制裁)も変更を余儀なくされることは間違いない。そもそも、18歳以下の少年を兵士にするのも国際法上問題があるのではないか。もちろん、そうした問題をクリアした、より現代的な表現にブラッシュアップされたとして、本作のテーマや語りかけるものの本質が変わるということはなだろう。しかし、一方で失われてしまうものもまた大きい。その内面をえぐるような一言の重み、新しいものを生み出したいという熱情の作り出す異様なまでのテンション、といったものが。多くのことを知り、洗練された技術を使いこなすようになった今では、もう作れないものがそこにあるのだ。
今回の戦場と戦闘記録
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