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銀河鉄道物語外伝「銀河の煌」

はじめに


 本作は、2003年10月4日~2004年4月10日にかけて、全26話がテレビ放映された「銀河鉄道物語」の後日談を描いた二次創作小説です。エンディングテーマ「銀河の煌(ひかり)」よりイメージした、バルジ隊長のその後を描いています。

 「銀河鉄道物語」11話に、シリウス小隊のバルジ隊長の別れた恋人、カタリナが登場しました。再会しそうでしないまま物語は幕を閉じ、TVシリーズ2作目、そして最後となるOVA作品でも、最後の戦いの前にいよいよバルジは会いに行くのかなー、と思ったら、合わないままで終わってしまい、心残りとなりました。
 そこで、もし二人が再会していたら? と思って書いたのが、この短編小説です。

「銀河鉄道物語」全話レビューは本サイトに掲載していますので、下記リンクからご覧ください。


あらすじ

 はじめての長期休暇、故郷に帰る途中、磁気嵐のため足止めを食らった惑星コルネリアで、バルジは交通事故に遭った少年を助ける。少年を送り届けたその場所には、かつて入ることのできなかった別れた恋人の店があった…。

銀河鉄道物語外伝「銀河の煌(ひかり)」

◆1◆

「申し訳ありません、この先のアクトゥール宙域での磁気嵐のため、この列車はここで三日間停留いたします。乗客の皆様には、銀河鉄道が宿をご用意しております…」ロボット車掌が客車を巡回しながら案内している。
 ユリシーズ星系にある緑豊かな星、惑星コルネリア。人類発祥の地、地球の中世ヨーロッパを模したその街並みは独特のノスタルジックな雰囲気が魅力で、銀河各地から多くの観光客が保養のために訪れる。そのため、ここコルネリアでの予期せぬ足止めを乗客はみな歓迎しているようだった。
「運行再開は三日後の午後九時ちょうどです。それまで、列車を降りて風光明媚なコルネリアでの滞在をお楽しみください」
 車掌はまだ席を立たずにいる男の前で、繰り返した。
「わかったよ、車掌さん」男が立ち上がった。
「おや、あなたはSDFシリウス小隊のシュワンヘルト・バルジ隊長」 
 ロボット車掌が顔の赤ランプを点滅させた。
「ご休暇ですか」
「故郷のアバディーンに帰るところだった」バルジはそう言うと、ようやく腰を上げた。「しかし、ここで降りなければいけないようだな」
「ええ、申し訳ありません。先の大規模な侵攻で路線が寸断され、迂回コースを選択できなくなっています。ビッグワンも長期の保全修理に入っていると、お聞きしています」
「すまないな。君たちにも負担をかけている」
「とんでもございません、これが任務ですから」ロボット車掌が言った。
「よい休日を」
 バルジは右手を挙げると、スーツケースを片手に列車を降りた。

 バルジが入隊以来二度目の休暇を取ることになったのは、アルフォート星団帝国軍との戦いから帰還して事後の検証と報告を終えたときに管理局局長から声がかったからだった。満身創痍のビッグワンが長期メンテナンスに入る。この機会にまとまった休暇を取りたまえ。
「これは、命令だ」と言われたからには、従うほかなかった。思えば入隊してから、一度も実家へは戻っていない。故郷へ戻るのも悪くはない。そうして彼は車上の人となった。
 コルネリアの駅を出るとバルジはホテルに部屋を取り、車を借りた。この惑星にはロマンチック街道と呼ばれる石畳の街道が走っている。銀河鉄道の駅のあるこの街は、そうした旅の発着点となっている。街と街とを結ぶその道を周遊するのも悪くない。もともと予定などない休暇だ。あるいはここにいるうちに、彼女の姿に出会えるかもしれない。

 …彼女は誰かを待ってるわ。この宇宙のどこかに、よほど愛した人がいるのよ…
 ハンドルを握りながら、あの任務からディスティニーに戻る途中でルイが漏らした言葉を思い出していた。ルイの言っていた“彼女”が、あの女性のことだとしたら…。
「これもまた、運命」
 バルジはふと、銀河鉄道総司令、レイラ・ディスティニーの声を聞いた気がした。

◆2◆



「は~、た・い・く・つ。出動のないSDF小隊って、ほんと、ヒマねえ」
 そう言うとルイは、ブリーフィングルームのソファに腰掛けたまま大きく伸びをした。「バルジ隊長、今頃どこで何しているのかしら?」
「君はのんきでいいよな」学が言った。「こっちはいてもたってもいられないっていうのに」落ち着かない様子でマグカップのコーヒーを、スプーンでぐるぐるとかきまぜている。
「あら、どうして? 今の私たちには、ビッグワンさえないのよ。それじゃ出動命令もあるわけないじゃない」
「隊長から、まだどこにいるのか連絡がないんだ。もし何かあったとしても、こっちから連絡の取りようがない」
「何言ってるの、そのためにバルジ隊長は、有紀くんに隊長代理を任せたんでしょ」
「そうそう、頼むぜ、学隊長」
 ルイの口車に乗って、ディヴィッドがあおり立てる。
「でも、おかしいな。あの仕事一筋、任務第一の真面目人間のバルジ隊長が、連絡の一本も入れないなんて」
「そうでしょ、ねえユキ、君はバルジ隊長の休暇の予定を聞いているかい?」
 医療用アンドロイドのユキは、隊員たちの健康管理のため、そうしたデータも常に把握している。彼女は穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「バルジ隊長は、ご実家のある惑星アバディーンで一か月間過ごされる予定だとお聞きしています」
「そうかー。だが待てよ、アバディーン行きの列車に、遅延情報が出ていなかったっけ?」
「調べてみます」学は備え付けの端末を叩いた。
「これかな、銀河鉄道088号、アバディーン行き、アクトゥール宙域の電磁嵐を避けるため、惑星コルネリアで三日間停留…」
「惑星、」
「コルネリア?」ルイとディヴィッドが同時に声を上げた。
「といえば…」
「モデスティの女…」
「ど、どうしたんだよ、二人とも?」キョトンとする学を、ルイはあきれ顔で見返している。
「憶えてないの? 任務で惑星コルネリアに降りたとき、二人で素敵なレストランに寄ったじゃない。お店の人が、有紀くんに声をかけたでしょ? 有紀隊長さんの息子さんですかって」
「あ…! あの、すごくきれいな人…」
「そこは、しっかり憶えているのね」そう言うと、ルイは学に指を突きつけた。
「いいこと、有紀くん。たとえ別宇宙から艦隊が襲撃してきても、絶対にバルジ隊長に知らせてはダメよ」
「な、なんでだよ」
「あの恋に決着をつけるためよ!」
「はあ?」
「賭けるか、ルイ?」
 ルイは腕組みして言った。「もちろんよ、待ち人来るに1000エーブル!」
「というわけで、しっかり頼むぜ、有紀学隊長代理。俺はビッグワンの整備状況を確認してくる」
 ディヴィッドが立ち上がった。

◆3◆


 突然、目の前を何かが過り、バルジは慌ててブレーキを踏んだ。衝突の衝撃はない。しかしガシャーンという音とともに、対抗車線の車から「馬鹿野郎、気をつけろ!」と叫ぶ声が聞こえた。自転車が倒れ、少年が路面に転がっている。バルジは車を寄せると少年を抱き起こし、自転車を路肩へ運んだ。
「す…すみません」少年がよろよろと立ち上がると、頭を下げた。自転車のハンドルを取って、起こそうとしている。
「待つんだ」
「ご、ごめんなさい、飛び出した僕が悪いんです。でも、ぶつかってないよね、おじさん」
「そういう問題じゃない。怪我をしただろう」
 見たところ打撲と擦り傷で、骨が折れたようなことはなさそうだ。自転車は対向車線の車が通り過ぎる際に後輪を引っ掛けたため、かなりの修理が必要だろう。
「医者に行って、それから君を家まで送ろう」
 少年はジークフリートといった。十一歳だった。年の割には体が小さく、どこか頼りなさげに見えた。強面の大男バルジに最初は怯えた様子だったが、診察が終わる頃には笑顔を見せるようになっていた。聞くと母親は仕事で忙しく、父親は遠くに働きに出たままなかなか帰らないという。
 病院を出ると、バルジは壊れた自転車を車に積んで少年を自宅に乗せて行った。
 少年が案内した家は、銀河鉄道の駅からそう遠くない一画にあった。中世ヨーロッパ風の三角屋根の家々が立ち並ぶ街中の通りに面しており、正面の扉の右上には、スズランをモチーフにした古風な看板が掲げられている。それは半年前、任務で惑星コルネリアに立ち寄ったとき探しあてた、かつての恋人の店だった。
 少年はその店の裏手にバルジを案内すると、家の中にいる母親を呼びに行った。バルジはその職業につきまとう己の責任感を呪い、戸口に背を向けて立ち尽くしていた。
「おじさん」と少年の呼ぶ声で、バルジはやむなく振り返った。深いブラウンの髪を後ろに束ねたスラリとした女が立っていた。パリっとした白いシャツに赤と紺のタータンチェックのロングスカートを合わせている。彼女はバルジを見るとキョトンとした表情を見せ、やがて形のよい眉をひそめた。
「息子がご迷惑をかけてしまって、申し訳ありません」
「いえ、私の不注意で息子さんに怪我をさせてしまいました。それで、謝罪に…」
「この子は、ぶつかりはしなかった、怪我もかすり傷だと言っています」
「しかし、自転車が破損しました。修理するか、買い直すかしなければいけません」
「それで…」
「おじさん」少年が口をはさんだ。「この自転車、先月買ってもらったばかりなんだ。僕、自分で修理するよ」
「出来るのか?」
 バルジが言った。この少年が、そういうことが得意なようには見えなかった。少年はバルジのところに駆け寄ると、言った。
「あのね、それで、おじさんに手伝って欲しいんだ。それで、どうだろう?」
「だめよ、シギィ」女が言った。「あなたが飛び出したのでしょう。怪我の手当てはしてもらった。それで十分よ。自分のしたことは、自分で責任を取らなくては」
「お母さんは黙ってて。僕は、このおじさんに話しているんだ」
「わかった。ジークフリート」バルジはそう言うと、胸のポケットから名刺を取り出し、投宿しているホテルの電話番号を書き入れた。体をかがめてその名刺を手渡すと、少年に耳打ちする。
「明日、学校があるだろう。終わったら、ここへ電話するんだ」
「うん」
 少年はうなずくと、名刺を受け取った。たちどころに、その目が輝く。
「えっ、おじさん、銀河鉄道の…? SDFの隊長なの?」
 バルジはしっと指を口にあてると言った。「これは男同士の秘密だ」
 少年は、真剣なまなざしでうなずいた。

◆4◆


 ホテルの部屋に戻ったとき、バルジは今まで感じたことのないような疲労感を覚えた。それは絶望、と言った方がいいかもしれない。熱いシャワーを浴びてベッドに横たわったが、いつまでも眠れなかった。ジークフリートの母親がかつての恋人、カタリナであることは間違いなかった。
 半年前、任務でここを訪れたとき、酒場で彼女の名前を耳にしてその店を探し当てた。たとえ彼女が誰と一緒であろうとも、自分の店を持つという夢を叶えたことが分かればそれでいいと思っていた。だが、まさか息子がいるとは思わなかった。彼女がバルジのことを憶えているかどうかも疑わしかった。まだ、休暇は始まったばかりだ。しかし彼は、もうあの殺伐として緊張を強いる現場の空気が恋しくなっていた。
 目を閉じてみた。しかしまぶたの裏にはっきりと、さっき見た女の姿が焼き付いている。別れた日から、もう十年余りが過ぎている。束ねた髪から出た後れ毛が、白い首筋に垂れかかっていた。これほど美しい彼女の姿を、バルジは初めて目にした気がした。しかし、もはやすべては手の届かないところに行ってしまった。
 女の姿を頭から消すには、酒の力が必要だった。バルジは起き上がって服を着ると、酒場を探しに外へ出た。

 翌日、目が覚めたときにはもう日が高く昇っていた。飲み過ぎで頭がガンガンする。これほど酔ったのは、あの頃以来だ。
 タビト星系で起こった銀河鉄道707号遭難事件。突然現れた謎の戦艦になすすべもなく、列車の乗客を守るため、上官だった有紀隊長はビッグワンの機関車を切り離し、後をバルジに任せて敵艦へ特攻した。その犠牲によって、乗員乗客は難を逃れた。しかしその事件がきっかけでバルジは恋人カタリナに別れを告げられた。有紀隊長から引き継いだシリウス小隊隊長という役職が、若いバルジに重くのしかかった。残された隊員たちは、隊長を見殺しにしたと他の小隊員から非難されることも少なくなかった。酒場でよく荒れていたのはその頃だった。気晴らしのつもりが酔いつぶれ、行きずりの女と寝た。自身の功績を上げるため、バルジは過酷な現場へ望んで出場した。シリウス小隊はその実力を上げていったが、それが一層隊員たちを苦しめた。隊員の一人は転属を希望し、一人は自信を回復しないまま仕事を辞めた。
 隊の立て直しを図るため配属されたのが、ブルースとディヴィッドだった。二人とも、腕は確かだがどこか浮ついた様子で、それまで所属していた隊では疎ましがられていたようだった。だが、バルジは二人が気に入った。彼らはシリウス小隊の過去の栄光にも、SDF本部からの過重な期待にも無頓着だった。確実に任務をこなし、自らの分をわきまえていた。バルジに対しても隊長としての能力を値踏みするようなことはせず、最初から隊長として当然のように接してくれた。バルジは彼らの強みを引き出すことを心がけた。いつしかそれがシリウス小隊の強みとなり、有紀隊長の頃と比べられることもなくなった。
 酒の力がなんの解決にならないことはよく知っていた。目が覚めて、それを再認識することになった。昨日の記憶はしっかりと残っており、まぶたに焼き付いた女の姿を消すことはできなかった。何はともあれ、少年との約束は果たさなければならない。バルジは遅い朝食を済ませると、車を走らせてホームセンターへ行き、自転車修理に必要な工具を一式揃えた。
 三時すぎ、少年からの電話がホテルに入った。バルジはカタリナの店へ行った。車を停めると少年が出て来て、裏手のガレージに手招きした。バルジは工具を広げ、少年に使い方を教えた。

◆5◆


 修理は簡単に見えて、大いに手間取った。バルジはやり方を教え手を貸してやったが、作業は全部少年にやらせた。少年は、工具の類を使い慣れていないようだった。しかも太古の昔から、自転車には自転車専用工具というものがあり、工具の扱いに慣れた者でも相当手こずることがある。そんなわけで、修理が終わった頃には、辺りは薄暗くなっていた。
「治ったよ、完璧だ、バルジ隊長」少年は修理のできた自転車をぐるっと走らせると、言った。バルジは微笑むと、少年に工具を片付けさせた。
「また、使うときがあるだろう。これは、俺からのプレゼントだ」
「ありがとう、隊長」少年は笑顔を見せると、声をひそめて言った。
「あのね、SDF小隊って、いつもはディスティニーにいるんでしょ? ここに来たのはなぜ?何かあったの?」
「いや…休暇で、惑星アバディーンに行く途中だった」バルジは言った。「途中、磁気嵐で航行できない区間があったので、ここで嵐が収まるのを待っているんだ」
「そっか」
 少年の背後でドアが開き、母親が顔を見せた。「終わったの?」
「あ…うん。終わったよ」少年が答えると、母親は笑顔を見せた。
「ありがとうございました。お疲れになったでしょう。コーヒーを入れましたので、どうぞお入りになって」
「あ、…いや、自分は」これで失礼します、と言おうとしたが、少年がキラキラとした目で彼の手を引っぱっている。
「お母さんが、修理が終わったら夕食をごちそうするって言ってるんだ」
「いや。ごちそうになるわけにはいかない」
「どうして? 休暇なんでしょ? 何か予定があるの?」
「いや…」
「お母さんの料理はコルネリア一って言われてるんだ。食べないと、一生後悔するよ」
「そうか」その手を振りほどくにしのびなく、バルジは招かれるまま家に入った。もう少しだけ、彼女の姿を眺めていたい。そんな気持ちもあったかもしれない。
 彼は、その家の居間に通された。そこは、家庭の匂いに満ちていた。SDFに入隊するため二十歳で故郷を出てから、ついぞ感じたことのないぬくもりがあった。


◆6◆


 出動がない、とわかっている日は多くはない。学はこの機会にじっくり訓練のシミュレーションをやりこむことにした。隊長の代理というのは形式上とわかっていても、その重みはやはりこたえた。訓練で汗をかくことで、その重圧をひととき忘れることができた。
「お疲れさまでした」
 タオルで汗をぬぐいながらブリーフィングルームに戻ると、ユキがよく冷えたスポーツドリンクを出してくれた。
「今日はこれくらいにしておいてください。疲労レベルが上がっています。これ以上訓練を続けても効果は上がらないでしょう」
「うん、わかった」
 学はユキの向かいに腰掛けた。
「ユキは、もうどれくらいシリウス小隊にいるの?」
「私は有紀渉さんが隊長になられたときに、配属されました」
「じゃあ、シリウス小隊の中では一番の古株なんだね」
「そういうことになりますね」ユキが言った。「何か、お悩みですか?」
「あ、いや、別に悩みとか、そんなんじゃないけど」学が慌てて頭に手をやる。「隊長になるって、大変なんだろうなと思って。バルジ隊長も、隊長になったばかりの頃はやっぱり、悩んだりしたのかな、とか」
「バルジ隊長は…」ユキが、目を閉じた。「そうですね、隊長になられたばかりの頃は、有紀さんと、よく似たところがありました。乗客の命を救うために、いつも率先して一番危険なところへ飛び込んでいかれました」
「へぇ…」
「でも、そのことでよく、他の隊員の方たちと言い争いをされていました。隊長としてふさわしくない、まるで死に急いでいるようだ、と」
 ユキは遠くを見つめるような目をしている。「バルジさんは、有紀隊長の死に自分も責任があると、自分を責めておられました。私は、こうお話したのを憶えています。人はみな、自分で決めた通りの道を歩む。そしてその実を刈り取るのも、また自分自身なのです、有紀隊長は、その道から逃げずに責任をまっとうされました。バルジさんは、どうですか?と」
 学は、あのときのことを思った。父、渉の後を追って兄とともにビッグワンに乗り込んでしまい、そこで、事件は起こった。あのときの哀しみを、バルジ隊長もまたずっと負い続けていたのか。
「ごめんなさい、少し立ち入ったことをお話ししすぎてしまいました」
「いいんだ、ありがとう」学は立ち上がったユキを見上げた。
「僕も、隊長のようになれるかな?」
 ユキが、輝くような微笑みを見せた。「有紀さんは、あなたらしい隊長になられると、私は思っています」


◆7◆



 食事は、すばらしいものだった。彼をもてなすために、わざわざ手暇をかけて準備したことが伝わってきた。「今日は定休日なので」ゆっくりしていってくださいね、と彼女は言った。しかし三人で囲んだ食卓の会話はぎこちないものとなった。
「お名前を、まだお聞きしていませんでした」とカタリナが言い、「シュワンヘルト・バルジです」と彼は答えた。彼女は静かに微笑みを浮かべた。バルジは彼女の名前を聞くことはしなかった。彼女も自分から名乗ることはなかった。
「半年程前に、そのお名前をお聞きしました。シリウス小隊の方がお二人、お店に来られたことがあったんですよ。有紀学さんと、ルイさん。学さんは、あの有紀隊長の息子さんだと」。
「えー」とジークフリートが言った。「SDFの人がお店に来たの? 知らなかった!なんで教えてくれないんだよ、僕、会いたかったなー」
「まあ、お客さんはここへ食事をしにくるのよ。あなたの話し相手になるためじゃないの」
「隊長、僕あのとき汽笛の音が聴こえたから、友達と駅まで見に行ったんだ、あれって、ビッグワンでしょう?」
「ああ、そうだ」バルジが言った。「ビッグワンには、出会えたか?」
 ううん、とジークフリートは首を振った。
「パスがないと、駅には入れないんだって!」
 バルジは入隊して一年になる学の活躍について話し、カタリナに店のことを聞いた。惑星クレズナートのホテルで料理人としての経験を積んだあと、六年前に故郷のコルネリアで、彼女はこの店を開いた。
「SDFの有紀隊長っていう人が、お母さんの命の恩人なんだって」少年が言った。「おじさんも、有紀隊長を知ってるの?」
「ああ、よく知っている。有紀隊長の下で任務についていたこともあった」
 カタリナが、食後のコーヒーを運んできた。カップをテーブルに置くと、居住いを正して言った。
「聞かせてもらえませんか、有紀隊長が殉職された時のこと」
「…あ、ああ。お聞きになったことはありませんでしたか?」
「ニュースで報じられたのを少し見ただけで…、その当時は怖くて、それ以上聞く勇気がありませんでした」
「そうですか」
 バルジとしても決して話したい話題ではなかったが、彼女には知る権利がある。有紀隊長は彼女にとって特別な人、命の恩人なのだ。彼は淡々と話した。有紀隊長が惑星タビトにいる家族の元へ帰ったその晩、緊急召集がかかったこと、そのとき隊長の二人の息子が父の後を追ってきて、ビッグワンに乗り込んでしまったこと、ホワイトホールから出現してきた謎の戦艦から銀河鉄道を守るため、有紀隊長は先頭車両を切り離し、特攻して果てたこと、残された二人の息子をタビトに連れ帰り、そして隊長の妻に遺品の銃を手渡したこと…。
 話し終わると、重い沈黙があたりを包んだ。カタリナは深く項垂れ、その表情を伺い知ることはできなかった。
 バルジはふと、窓際に置かれた鉢植えに目を留めた。白いスズラン。SDF本部の彼らの部屋が殺風景だからとルイが買ってきて飾った花だった。彼女もここで、この花を見たのだ。
「長居をしてしまった。そろそろ、戻らなければ」
 少年が、さっと顔を上げた。
「子どもは、寝る時間だ」
「また、会えるよね?」少年の問いに、バルジは答えることなく立ち上がった。
「お母さんの言うことをよく聞いて、有紀隊長のような強い男になるんだ」
 しかし少年はバルジの上着の裾をつかんで言った。
「いやだ!」
「何てことするの。おやめなさい、ジークフリート」カタリナが少年の肩をつかんで引き離そうとした。しかし少年はその手を振り払った。
「僕の隊長は有紀隊長じゃない、この人なんだよ、お母さん!」
「何を言っているの?」
 バルジは、少年の目に涙が浮かんでいることに気がついた。驚くほどの力でバルジの体にしがみついている。
「なんでだよ、お母さん、僕知ってるよ、この人の写真を隠して持っているじゃないか! どうして黙っているんだよ、僕にはわかるよ、この人が、この人が僕のお父さんだって!」
「…ジークフリート!」彼女は少年の肩をつかんでバルジから離した。少年の頬を打とうとしたその手を、思わずバルジはつかんで止めた。
「やめるんだ、カタリナ!」
 そのときはじめて、バルジは彼女の名を呼んだ。彼女はその目を見開いて、バルジを見返している。
「この子の言ったことは、本当なのか?」
「…ええ」
「そうならそうと、なぜ言ってくれなかった」
 バルジは少年の肩に手を置いて言った。「よく、話してくれた」
 少年が、バルジの胸から顔を上げた。バルジは少年を抱き上げると、その大きな手で少年の涙をぬぐった。
「寝室は、どこだ」
 少年は、幼子のようにしゃくり上げながら、階段を指差した。
「まだ、寝たくない」
「君は、疲れているんだ」
「目が覚めたらいなくなっているなんて、僕はいやだ」
「大丈夫だ」バルジは言った。「男同士の約束だ」
 少年はうなずくと、降ろして、と言った。おやすみなさい、と言って、階段を上っていった。


◆8◆



「俺のことは、すっかり忘れているのかと思ったよ」
 少年が寝室のドアを閉じる音を聞き届けると、バルジは言った。
「あの子が連れてきたあなたを見て、すぐわかったわ。シュワンヘルト、あなただって。でも、言えなかった」
「なぜ」
「額に傷がある。それなのに、とても優しい目をしている。きっとどこかに愛する家族がいると思ったの」
「それなのに、なぜ食事を?」
 カタリナはソファに座るバルジのすぐそばに腰掛けた。
「あなたは隊長になって、立派に務めを果たしている。私もあなたに話していた夢を叶えた。それだけは伝えたかった。そのことを知っていたのは、有紀隊長の他にはあなたしかいないから」
「俺は、別れるつもりはなかった」
「怖かったの」カタリナが声を震わせる。「あなたを待っているとき、あの事故の知らせが入ってきた。有紀さんが殉職したことを聞かされた。あなたの生死もわからなかった。これ以上、愛する人を失う人生には耐えられない」
「それで…別れの手紙を書いたのか」
 カナリナが、静かにうなずいた。
「あなたは、よく言っていたわね、宇宙のどこにいようと、必ず君に会えるって。だから、もし別れるつもりでなかったのなら、会いに来てくれると思っていた」
「違うんだ」バルジは小さく首を振った。
「君はもう、結婚していると思っていた」
「えっ? どういうこと?」
「いつも待ち合わせていたホテルのラウンジにいたウエイターだ」バルジが言った。「俺が君の置き手紙を読んだあと、話しかけてきた。君にプロポーズした、と言ったんだ。自分なら、彼女のささやかな夢に寄り添ってあげられる、と」
 カタリナが、口に手を当ててバルジを見ている。
「今から思えば、バカな話だ。だが俺には真実を確かめる勇気がなかった」
「あの手紙を書いたこと、後悔したわ」カタリナが言った。「さっき話してくれた、あの日のことを聞いてわかったわ。本当はあなたを待っていて、抱きしめるべきだった。あなたの感情を受け止めるべきだった。でも、私はそこから逃げてしまった」
 バルジはこの部屋に入ったときに感じたぬくもりを思った。立ち上がって窓辺から街路を眺めた。
「一日だけ休暇を取ったあの日、もし何事も起きていなければ、君にプロポーズするつもりだった」
 傍らに立つカタリナが、ハッと息を飲んでバルジの顔を見上げている。
「だがもし君がそのとき受けてくれたとしても、きっと今頃は別れていただろう」
「なぜ?」
「失うことの痛みを知らなかったからだ」
 カタリナが、バルジの背中に腕を回す。
「今では、遅すぎるか?」
 カタリナが、静かに首を振った。
「俺は君を失った。だが」
 ハルジが、ぐっと右手を握りしめた。
「それでも思いを消すことはできなかった。結婚してほしい。死ぬまでずっと、君と思い合っていたい」
 カタリナの体が何かにはじかれたように弾んで、バルジの胸に飛び込んできた。バルジは、涙に濡れた彼女の頬を大きな手で包むと、その唇に唇を重ねてふさいだ。カタリナはバルジの首を抱いた。二人はいつまでも離れることができなかった。バルジはカタリナを抱き上げ、二階の寝室へ抱えていった。
 肌をあわせ体を重ねたとき、柔らかい胸の奥から起こる心臓の鼓動が彼の体を揺さぶった。厚い胸板を通して、彼の体全体を震わすかのように伝わってくる。その振動が、彼の中で止まったままになっていた時計を目覚めさせた。滞っていた熱情が、堰を切って迸り始めた。


◆9◆



「それで有紀くん、バルジ隊長から連絡はあったの?」
「まだ、ない」
「ふーん」まるで心配する様子もなく、ルイが答えた。
「大丈夫よ、有紀くん。隊長はきっと、それどころじゃないんだから」
「どういうことだよ」
 SDF本部では、今日も留守を守るシリウス小隊隊員たちが、ありそうにない出番のために待機している。
「アクトゥール宙域の磁気嵐はまだ収まっていないんだろう。それなら、星間電話がつながらないのも無理はないさ」ディヴィッドが言った。「それより学、ビッグワンの整備だが、三週間後には試験走行に入れるって話だ。俺としては、バルジ隊長が戻ってくる前に試験走行を終えて、いつでも現場に直行できるようにしておきたいが、どうだろう?」
「つまり、隊長なしで宇宙に出るってことですか?」
「隊長はいるよ、学、おまえがな」
「そうだわ!」突然、ルイが声を上げた。「試験走行って、それなりの距離を走り込んだりするのよね?」
「ああ、そうだな。その方が俺としては、ありがたい」ディヴィッドが言った。
「私、いいことを思いついたの」ルイの瞳がキラキラと輝き、学は嫌な予感に襲われた。


◆10◆



 カーテンから漏れる光で、ジークフリートは目を覚ました。いつもと変わらない朝だった。目をこすりながら体を起こした。階下から、母が焼くベーコンの香ばしい香りがただよってくる。
 ジークフリートはベッドから飛び出すと、あわてて階段を下りてキッチンをのぞいた。
「お母さん!」
「おはよう、シギィ」
 いつもは髪をくくってまとめ上げている母だったが、今日は違った。長い髪が揺れている。
「母さん、あいつは?」
 カタリナが眉をひそめ、あわてて彼は言い直した「あ、あの、隊長は?」
「まだ、眠っているわ。起こしてはだめよ」
「わかった!」ジークフリートは母の言葉を聞いて、階段を駆け上がった。足音をしのばせて廊下を歩き、主寝室の扉をそおっと開いた。ベッドの上で、大きな体の男が鼾をかいている。ジークフリートはベッドに駆け寄り、確かめるようにその男の顔をのぞきこんだ。
「隊長」
「ああ…」バルジが目を覚ました。「君か」
「約束、守ってくれたんだね」
「当然のことだ」バルジは上半身を起こしていった。
「隊長」ジークフリートがいった。
「なぜ、裸なの?」
「男は裸で寝るものだ」
「お母さんは、寝るときはパジャマを着ないとダメだっていうんだ」
「それは、まだ君が子どもだからだ」
「どうすれば、男になれるの」
「難しい質問だな」バルジが言った。
「一つ、頼みがある。のどが渇いた。水を一杯、持ってきてくれないか」

 ジークフリートが階下からコップに水を入れて運んでくると、バルジはジーンズをはき、白いシャツを羽織っているところだった。少年からコップを受け取ると一気に飲み干した。
「ありがとう」
「もう、行ってしまうの?」
「いや」バルジが言った。「もうしばらく、ここにいるつもりだが…いてもいいか?」
 ジークフリートが、うなずいた。母親の鏡台に置いてあるフォトフレームを手にとると、バルジに見せた。カタリナが息子と並んで微笑む写真が入っている。ジークフリートはそのフレームを裏返すと枠をはずして、裏に挟まれた一枚の写真を取り出した。まだ二十歳代だった頃のバルジがさわやかな笑顔で写っている。隣には少女らしさを残したカタリナがいた。二十歳の誕生日に、彼女が二人で写真が撮りたい、といって撮影したものだった。
「ありがとう」バルジは写真を返すと、少年ははにかんだような笑顔を見せた。
「大事な話がある。君と、俺との関係のことだ」
 バルジはベッドに腰掛け、少年を自分の前に立たせて言った。
「俺とカタリナが愛し合って、君が生まれた。それは確かなことだ。だが、俺はカタリナが君を身ごもっていることを知らないまま、別れてしまった」
 少年が、唇をかんだ。
「皆は俺を隊長と呼ぶが、カタリナの前では自分勝手な弱い男に過ぎなかった。そのせいで、君は父親のない子になった。それで辛い思いをしてきたはずだ。すまなかった。許してほしい」
「…うん、…」少年は何か言おうとして、声が詰まった。しゃくり上げ始めた彼を、バルジはぎゅっと抱きしめた。
「あのね、僕からも一つ、頼みがある」
「なんだ?」
「銀河鉄道に、乗せてくれる?」
「ああ、そうだな」バルジは言った。「まだ休暇はたっぷり残っている。一緒に、旅をしよう」
 少年が、大きくうなずいた。
「では、まず手始めにホテルに戻って、荷物を取ってこよう」


◆11◆



 整備の終わったビッグワンは、格納庫でかつてのような白い巨体を輝かせて、シリウス小隊の面々が乗り込むのを待ち受けていた。
 学、ディヴィッド、ルイ、そしてユキは指令車両のいつもの席に着いた。ビッグワンに乗り込むのは、あのアルフォート星団帝国軍との間で繰り広げられた、ディスティニー防衛戦以来である。学はブルースから引き継いだ戦闘パート担当の座席に座り、真っ新になったキーボードパネルに手を触れた。
 そのとき、不意に視線を感じて顔を上げた。三人の目が、学に注がれている。
「学、おまえが号令をかけないと、動き出さないんだぜ」
「あ…そうか! えーと、シ、システムチェック!」
「システムチェック、スタンバイ」
「素粒子ワープ走行発生機関、異常なし」
「軌道通信レーダー、異常なし」
「磁力バリヤー発生機関 正常値へ」
 学に続いてルイ、ディヴィッド、ユキが次々と担当パートを確認し、コールしてゆく。
「ビッグワン、出場位置へ」
 銀河鉄道管理局から通信が入った。いよいよ発進に向けて、ビッグワンが動き出す。
「上昇フロート、固定確認」
「磁力バリヤー発生機関。正常値へ」
「エネルギー正常、ボイラー内 圧力上昇、シリンダーへの閉鎖弁オープン」
「メイン回路、接続」
「接続!」
「システム オールグリーン」
 いつもは学が担当するパートをルイがコールする。学は自分の声がうわずっているのを感じながら、叫んだ。
「ビッグワン 発進!」
 ポォォーーーーッ!
 高らかに汽笛を響かせて、ビッグワンは銀河鉄道の始発駅ディスティニーから飛び立った。周回軌道で何度かの試験走行を繰り返して最終調整を行ったあと、惑星コルネリアに向けて、途中小ワープを含む長距離試験走行を行う予定となっている。
「ふうーー!」無事ビッグワンが空間軌道を走り出すと、学は大きく息を吐き出して、額の汗をぬぐった。
「なあに、いつも通りさ」ディヴィッドが言った。


◆12◆



 コルネリアに滞在している一か月の間に、バルジはカタリナと息子を連れて実家のあるアバディーンへ行き、二人を両親に引き合わせた。コルネリアに戻ると少年を連れて山岳地帯へ出かけ、釣りとキャンピングの技術を教えた。そして十余年の時を埋めるように、カタリナと深く愛し合った。
 ディスティニーに戻る日が来た。バルジは一か月ぶりに、SDFの制服を身につけた。その姿に、ジークフリートは目を丸くして言った。
「隊長だ! 本当に!!」
 カタリナが、首の白いスカーフを整えながら言った。「制服を着ると、まるで違う人のように見えるわ」
「昔は、制服姿しか知らなかったのにな」バルジは、肩をすぼめた。
「そうね」カタリナが微笑んだ。「今の方が、ずっと素敵」
 バルジはスーツケースを手に取り、三人は駅へ向かった。

 SDF隊長の制服を身につけたバルジの姿を認めて、駅のホームにいたロボット駅員が敬礼した。「ディスティニーへお戻りですね、バルジ隊長」敬礼を返すバルジに、駅員が声をかける。「そちらのお二人は?」
「妻と息子だ」バルジが言った。「見送りに来てくれた」
「はて、バルジ隊長は独身だったと記憶していますが、しかし、人間の世界では、ときどきこのように不可思議なことが起こるものと聞いています」ロボット駅員が言った。
「おめでとうございます、と言っていいでしょうか?」
「ありがとう、車掌さん」
「実は、お伝えしたいことがありまして。2番ホームから発車する、ディスティニー行き銀河鉄道550号にはご乗車されず、1番ホームでお待ちください、とのことです」
「どういうことだ」
「分かりません。私が聞いているのは、以上です」
 発車のベルが鳴り、550号は滑るようにホームから走り出て行った。バルジは見送りの二人と顔を見合わせ、1番ホームへ移動した。
 そのとき、聞き覚えのある汽笛が耳をかすめた。

「本当に、ここに隊長がいるってなぜ分かるんだ?」学はいまだに半信半疑で、ルイに言った。「隊長は、惑星アバディーンで休暇を過ごすってことだったんだろ?」
「いるわよ、必ず」ルイは妙な自信があるらしい。「もし、仮にいなくたって、何の問題もないわ。だって私たち、ビッグワンの試験走行をしているんだから」
 惑星コルネリアが、近づいている。ディヴィッドは着陸用の軌道にビッグワンを乗せることに集中している。
「コルネリア駅に連絡して、バルジ隊長がいらしたら、1番ホームで待つように伝えてくださいとお願いしておきました」ユキが言った。「早く、隊長にお会いしたいですね」
「それはそうだけど」学はどうにも腑に落ちない。
 そもそも、ビッグワンの試験走行を兼ねて休暇を終えた隊長を迎えに行こう、と言い出したのはルイだった。その考え自体は悪くなかった。だが、なぜ迎えに行くのが惑星コルネリアなのか、その理由がよく分からなかった。アクトゥール宙域の磁気嵐はとうの昔に収まっているし、休暇も中頃になってようやく隊長は惑星アバディーンから連絡を入れてきた。しかし、他のみんなは納得しているようだ。
 ポォォーーーーッ
 ビッグワンの汽笛が響いた。指令車両からは、駅のホームの様子はよくわからない。ビッグワンが滑らかにホームに滑り込むと、学とルイは立ち上がり、ドアのある車両へ駆け出して行った。

「ビッグワンだ!」汽笛の音に、ジークフリートは声を上げた。もうもうと煙を吐きながら、白い巨体の機関車がホームへ舞い降りてくる。その先頭車両を追いかけて、少年は駆け出した。
 学とルイは、列車の窓から1番ホームにいる制服姿のバルジ隊長の姿を見た。傍らには、赤いワンピースにデニムのジャケットを合わせた女性がいる。
「ほら、いたでしょ!」ルイが得意げに言った。
「見て、隊長ったら手をつないでいるわ」
「あの女性…?」
 ビッグワンが停車し、二人の後にディヴィッドがやってきた。学はドアから飛び出そうとするが、その肩をディヴィッドがつかんで止める。
 シュー!!
 動輪からビッグワンが蒸気を吐き出し、ホームの上を白く包んだ。その中を、隊長と女性が歩いてくる。三人は身を隠すようにしながら、二人の様子を見守った。先頭車両に近づくと二人は立ち止まり、向き合って何か言葉を交している。やがて隊長はスーツケースを置き、女性の頬にそっと触れると、口づけをした。
 そのまま抱き合う二人を、三人はドアの影からずっと見ている。予想に反して、ルイは何も言わず静かにしていた。学は彼女の目に涙が浮かんでいるのに気がついた。
「ど、どうしたんだよ」
 そのとき、開いたドアから一人の少年が三人を覗き込んだ。
「あ、君、どうやってここに入って来たんだ?」学が慌てて、注意する。「これはSDFの車両だ。一般の乗客は立ち入り禁止だ」
「学と、ルイ? それに後ろにいるのはディヴィッド」少年が言った。
「私たちのこと、知ってるの?」ルイが言った。
「うん、…お父さんに教えてもらったんだ」
「お父さん?」
 少年は、じゃあ、と手を挙げると二人のところへ駆け寄っていった。隊長と女性は別れの抱擁を終えていた。今度は少年が隊長に抱きついている。
「あっ、……」その様子を見届けたルイが、小さくつぶやく。
 バルジ隊長が、先頭車両へ向かって歩いてきた。学はルイに背中を押されて車両を飛び出し、隊長の前で敬礼した。他の隊員たちも、後に続いて敬礼している。
「シリウス小隊、ビッグワンの試験走行により、バルジ隊長をお迎えにあがりました」
「ご苦労だった」バルジ隊長が返礼をすると言った。「まさか、ビッグワンでここまで来るとは思っていなかった」
「調子は上々です、隊長」ディヴィッドが言った。ルイはさっきからしきりに涙をぬぐっている。
「どうした? ルイ」
「な、なんでもありません」ルイが言った。「隊長、良かったですね」
 バルジは硬い表情を崩した。「ああ、君のおかげだ、ありがとう」そして全員を見渡すと、言った。
「詳しい報告は後で聞こう。我々は、ディスティニーへ帰還する」


◆13◆



 ポォォーーーーッ!
 汽笛をともに、ビッグワンの大きな動輪がゆっくりと動き、宙空へ飛び立つために加速を始めた。煙をたなびかせながら、上空へ伸びた空間軌道を駆け上がってゆく。ジークフリートは、肩に触れる母親の手に力がこもるのを感じた。二人の前でロボット駅員が敬礼している。
 その姿が雲間に消えると、ロボット駅員は振り返って言った。
「しばしのお別れ、お寂しいことでしょう」
「ええ。でも、今度は私たちがディスティニーへ会いに行くと、約束したんです」カタリナが言った。
「それはよいことです。バルジ隊長もきっと喜ばれるでしょう」
「駅員さんは、隊長のことよく知っているの?」ジークフリートがたずねた。
「それは、もう」駅員が言った。「先のアルフォート星団帝国軍による銀河鉄道侵攻戦でSDF全小隊が壊滅的な損害を受けるなか、最後の希望を担ってシリウス小隊が出撃しました。そして見事敵の主力艦を撃破し、ディスティニーと銀河鉄道を守り切ったのです。そのとき指揮を執ったのがシュワンヘルト・バルジ隊長です。まちがいなく、SDFで最高の指揮官として、その功績は銀河鉄道株式会社社史に刻まれることでしょう」
「へぇー」ジークフリートは、ポカンと口を開けて聞いていた。「知らなかった。お父さんはそんなこと、一言も話してくれなかったよ」
「謙遜は美徳といいますから」ロボット駅員が言った。
「生きた証は言葉ではなく、背中で語るのが男というものです。そうではありませんか? マダム・バルジ」
「ええ、そうね」カタリナが言った。
 ジークフリートは、ビッグワンの飛び立っていった空を見上げた。もう、その姿を見つけることはできない。しかしその目には、このひと月に見た男の背中が焼き付いていた。

〜 Fin〜












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