1991年2月27日
学校の廊下を歩きながら急にフラっとした。倒れることはなかったが、この感じが今の僕なのだと思った。もう中学校も卒業だというのに、僕は最近、すっかり元気がなくなってしまった。頭にずっと靄がかかっていてすっきりしない。さっき下級生の女子が、すれ違いざまに僕の方を見て笑った気がする。もしかして僕は彼女たちが思わず笑ってしまうような恥ずかしい存在なんだろうか。僕はもう本当にみすぼらしい。
保健室の前を通る。保健の先生は優しいけどちょっと迫力がある。元気がないときに会うのはきついから、足早にその場を去ろうとする。不意に緑色の掲示板が目に入る。「その症状、ズバリうつ病ではないですか⁉」中学保健ニュースの冒頭にある大きな見出し。僕は足を止めて、恐る恐る引き返す。「悲しく憂うつな気分が続く」「何事にも意欲を持てず喜びを感じない」「疲れやすく、何もやる気になれない」「自分に価値がないように思える」……。なんと全部僕のことが書かれている。
胸の奥がずんと重くなる。お母さん、僕はうつ病という病気に罹ったかもしれません。ごめんなさい。お母さんの悲しむ顔が見える。ごめんなさい。あ、僕が今これを読んでいるのを誰かに見られなかっただろうか。僕は半笑いの醜い顔で掲示板から離れる。
HRが終わって外に出る。変に生温くて落ち着かない空気、そして一面が灰色の曇り空。校門を抜けて振り返ると時計の針が4時44分を示していた。なぜ4時44分なんだろう。そして実際、4羽のカラスが僕を先導するように家のほうに飛んでいったんだ。僕はひとりぼっちで自転車に乗る。国道とは思えない細い道路の隅っこを進んでいると運送トラックが連続して三台、自転車を掠めるように追い抜いていく。いま少し右側に重心を傾けるだけで、僕はトラックに轢かれて死ぬんだな。自分が自分の死の決定権を握っている事実に戦慄する。動悸が高まってきて、もう苦しいから自転車から降りようと思う。でも、降りるのはもっと苦しい気がして結局降りられなかった。
家に着いた。玄関前の花壇で草むしりをしている母と目が合う。「あんた、もう帰ってきたとね」母が言う。僕は「うん」とだけ答える。「あんたが今日なんとなく帰ってこんような気がしとったとよ」母が言う。僕は「え」とだけ言って自分の部屋に入る。ベッドに倒れ込んですぐに目の周りが熱を帯びる。
誰か、僕が眠っているうちに首根っこを絞めて殺してください。そして、お母さんの時間を巻き戻して、僕が最初からこの世界にいなかったことにしてください。
※点滅社の屋良さんから『鬱の本』の原稿依頼が来て、鬱のことを書けばいいんだなと早合点して書いた文章がこれ。(実際には「鬱とそれにまつわる本の話」を書いてほしいという依頼だった。)この文章自体はボツになって当然本には収録されなかったんだけど、せっかくなのでお披露目することにしました。(2023年11月)