無職転生第2クール感想

 下記が1クール目の感想記事です。

 前回の記事で1クール目を史上最高のアニメと激賞しました。
 残念ながら2クール目で同様のクオリティは出せていませんでした。

 両クールで何が違うのか。全体を視聴し終わった上での総括としては、必要な情報の提示がなかった・足りなかったこと、すなわち説明不足と、1クール目で見られなかった間接的・不自然な演出が特に大きな差異だったように思います。
 アニメ無職転生は、「セリフでなく絵で見せる」ことをひとつの目標に作っているそうです。それ自体は良いことですが、絵で見せることと、セリフで説明しない、情報を提示しないことはイコールではありません。
 説明セリフの過多なアニメが跋扈する中、「もっと説明してくれ」と思う日がくるとは思いませんでした。
 それぞれを軸に書いていきますが、今回はアニメで提示されていない情報元として原作(web版)に言及せざるを得ませんので、未読の方は注意してください。

■12話『魔眼を持つ女』
 「よくわからなかった」が正直な感想です。
 12話では、足らない情報がふたつあります。
 一つ目。緑鉱銭200枚がどの程度の金額なのか、視聴していて感覚的に理解できません。
 冒頭にルーデウスが「手を考えましょう」と言っておきながら、その“手”が視聴者に提示されるのは今話の最後で、それも「杖を売る」「密航」のふたつだけです。原作では「普通に稼ぐ」「迷宮で一攫千金」と他にも提示されています。普通に稼ぐには時間がかかりすぎ、迷宮は危険すぎると却下になるわけです。この説明がないため、他の手段があったのか、なぜ却下されたのかがわからず、大変さもわかりません。結果的にルーデウスが杖を見る演出も、最後のルイジェルドの熱い演技も空回りしています。
 視聴していて、最後にやっとどのくらい大変な金額だったかが感覚的にわかるわけです。よく理解できないまま話を追い、「お金の話どうなったの?」と心配しながら視聴するのはストレスです。文章にすれば2文で済むレベルのセリフを増すだけでストレスを回避できるのですから、入れない理由はないと思います。
 原作者は「金銭等の設定は適当なのでそれらしく読んでくれ(意訳)」と書いています。具体的な金額が適当でいいことはその通りですが、本筋に絡む以上、おおよその価値がわからないのは問題です。
 また、そもそも渡航費用を説明するおじさんの声が、ルーデウスの心の声と被っていて、よく聞こえず理解しにくいです(これは原作にはありません)。セリフを重ねることで尺を稼ぎつつ説明する、という意図かもしれませんが、本来話をしっかり聞いておくべきリーダーの態度ではないでしょう。もちろん人間、余所事に気を取られ話をよく聞いていないこともあります。しかし、それをあえてこの場面でやる意味はないと思います。

 二つ目。キシリカがルーデウスを「気持ち悪い」と言った理由がわかりません。こちらは一つ目に比べればどうでもいい話ではあります。
 実際には8話のギレーヌと同じ眼で言うセリフなので、ギレーヌの「すさまじい魔力だ」というセリフがヒントになっていて、推測することは不可能ではありません。しかし、原作にあるような魔力眼の説明もなく、なおかつ1クール目から半年も期間が開いています。これで「わかれ」と言うのは無理があるでしょう。
 実際アニメ勢の友人も、「前世の姿を見てキモイと言っている」という理解でした。これは12話単独で考える限り映像読解的には正しい見方(視聴者は直前に前世の姿を見ています)なので、そうした理解をする人に間違いだと指摘するのオカシイです。この場合、間違っているのは適切な説明がなされていないアニメの方になります。友人のような読解を間違いだと言われた日には、普通は「わかるわけないだろう」と腹立たしい思いをすることでしょう。
 一つ目同様、「魔力が多い」と言えばいいだけなので、せいぜい2秒かそこらですむ話だと思います。勘違いを避けるためにも、入れない理由はありません。

 演出面は、予見眼の演出、おいしそうな串焼き、雑多で生活感のある路地などは良かったと思います。
 大きな問題ではありませんが、キシリカのシーンが演出過剰だった点と、眠っているエリスの呼吸がかなり速い点は気になりました。
 キシリカについては、お気に入りのアニメータがいるそうです。雰囲気に合わない過剰な演出は、作品をオモチャにされているようで少々不快に感じました。
 エリスに関しては細かいことは承知の上ですが、普通人は眠る時に呼吸が遅くなるので、不自然に見えました。

■13話『すれ違い』
 最も残念な回でした。
 前半のロキシーパートは原作をきちんとアニメにできており、特に問題ないと思います。作画は若干怪しかったですが、スケジューリングが上手くいっていない手前、仕方のないことでしょう。強いて言えば、宿を壊す魔術は早口ででもきっちり詠唱した方が設定的に良かった程度でしょうか。

 後半は大問題です。原作にはない展開で、獣族の子供が一人死んでしまいます。おそらく作劇上の理由で、ルイジェルドが密輸組織を殲滅することへの理屈付け、補強として採用したのでしょう。「子供を殺すようなヒドイ組織になら、罰が下っても仕方ない」と視聴者も納得できるだろう、というわけです。
 ルイジェルドの気持ちになって考えてみれば、彼が自分の行為の正当化のために、子供を犠牲にすることを許すとはとても思えません。たとえ視聴者に「すぐキレて殺すアブナイ奴だ」と思われても、子供が犠牲になるよりはマシだと考えるでしょう。だからこそルイジェルドは、何百年もデッドエンドとして怖れられ迫害されながらも、子供を守ってきたのです。これは今クールで一番の問題だと思います。作る側のキャラクターへの理解を疑ってしまいます。
 私はショックでしばらくアニメの続きを見ることができませんでした。いみじくも「やさしい物語」を自称する原作のアニメで、子供を守るキャラクターのために子供を殺すなんて。たとえ悪気はないにしても酷すぎます。
 また、ルーデウスが苦悩するシーンもよくわかりません。確かに原作でも人殺しを忌避して悩んでいましたが、アニメほど強調はされていない印象です。殺人の忌避それ自体さほど重要とは思えず(そもそも人殺しをするようなキャラでないことは十分表現できている)、また場面にもそぐわないと思います。原作にあるように、まずはリスクを考慮する方が優先的かつ自然でしょう。獣族の子供を助けなければならず、しかもアニメでは悪党が怪しみ脅してきます。騒ぎになる前にさっさと動くべき喫緊の場面です。人殺しを心配して苦悩している場合ではありません。アニメの演出は、テンポが悪くストレスになります。
 アニメ10話で人殺しはダメ、という話をしているため、殺人にそれなりの理由付けが必要だと考えたのかもしれません。しかし、そもそも1クール目の最終話での反省は「話し合いが足りなかった」ことだと描写されていて、それは視聴者には伝わっているはずです。ルイジェルドと話をして、今回は悪党を見過ごせないと結論するなら、視聴者は納得するでしょう。それ以上の演出、ルーデウスが原作に比して過度に苦悩したり、子供が犠牲になるといったことは必要ないと思います。ただ話をして、お互いに納得していれば問題ないでしょう。

 他にも、例えば船上でのルーデウスの妄想シーン。原作通りではあるのですが、正直不要だと思いました。少なくとも尺が足りない中で入れるような重要性はありません。もっと他に、尺を割いて説明するべきことがあったはずだと思います。

■14話『只より高いものはない』
 同じく出来は残念でした。
 アバン及びOPで村の風景を流すわけですが、なぜか水をぶっかけられた後にも村の風景を流します。なぜ二度も流したのかよくわかりません。風景自体は良く描けていたので、別に問題というわけではないですが。
 その水ですが、原作にある「獣族は裸に剥かれて水をぶっかけられるのが最大限の屈辱である」という説明がないため、なぜ全裸なのか、なぜ水をかけられるのか意味不明です。
 原作にあった、牢の中でギースに上着をもらう展開もありません。定番のいい話だと思うので、入れた方が良かったように思います。
 後半もあまり良くありません。スケジュールの都合で余裕がなかったのかもしれませんが。作画がアヤシイこともさることながら、ルーデウスが足を止めすぎてテンポが悪いです。
 また、獣族を助けるのか助けないのか、迷う場面が二度もあって、意図がよくわかりません。助けると決めたならさっさと助けろとイラつきました。悩みすぎて「デッドエンドは~」のセリフも白々しく聞こえます。
 この回は全体的に間延びしていて、単純に面白くありません。一番問題なのはガルスです。説明不足が積み重なっている中、こんなチョイ役に尺を割く必要があったのか、疑問でなりません。そもそもこのアニメには要らないキャラだったと思います。1クール目の人攫いのおっさんペアの方がキャラとしてよく描けています。

 最後のサウロスの話をするエリス、その後サウロスが処刑されるアニオリも蛇足だと思います。原作では旅の間エリスの家族のことは(安否が不明のため)話題に出さないよう互いに気をつかっているはずです。
 演出としてこれ見よがしですし、原作既読者へのサービスに思えてなりません。原作勢へのサービスはアニメの出来とは何の関係もない(むしろ尺を圧迫する要因で悪影響すらある)ので、余計なことはしてくれるなと思います。
 また、気を引くような演出で暗に「気になるなら原作読んでね」と誘導するのもオカシイでしょう。アニメ勢は何も悪いことをしていないのに、原作や考察を強要されるのは理不尽です。「おもしろいから原作も読みたい!」は良いことですが、「わからないから仕方なく原作読みます」は誰にとっても良いことではありません。
 また、蝶の演出も一見して意味不明(仮に意味があったとしても演出として上手いとは言えない)です。大森林とアスラ王国では気候が大分違うように思いますが、同じ種類の蝶が飛んでいていいのでしょうか。蝶が生きていけるのか心配になります。

■15話『ドルディア村のスローライフ』
 クオリティはある程度回復しています。
 しかしやはり説明不足です。なぜ村でのんびりしているのかわかりません。3ヶ月の雨季の間は移動できない旨を最初に提示してもらわないと困ります。キャラの紹介もないので、友人は牢の監視役の女性をギュエスの妻なのだろうと認識していました。ミニトーナとテルセナを姉妹だと勘違いしている可能性もあります。
 ギレーヌに焦点を当てている点も謎です。謎というか、ギレーヌに触れた手前、そこを膨らませてドラマにしようという意図はわかります。しかし原作(web版)ではかなりあっさり流している部分です。アニメの展開が悪いとは言いませんが、スローライフ感は原作ほどには感じられませんでした。個人的には8話でボレアス家の中をウロつくように、ルーデウスに村の中をウロついてほしかったところです。

 無職転生は、他人事をちゃんと他人事として描いているところに魅力があると思っています。
 ギュエスとギレーヌの事情はルーデウスにとって、そしてエリスにとっても本来他人事であって、口出しする義理はありません。だからルーデウスは「同じ名前の別の人」だとある意味で突き放した言い方をしてエリスを宥め、「肉親だからこそ許せないこともある」と内心思う(原作)のです。
 ルーデウスは、前世の自分の家族を含め、上手くいかない家族もあると知っています。そのルーデウスが、自分にできた新しい家族、自分で作る新しい家族を大切にする物語が無職転生なのだと思います。
(なお、これはギレーヌにとってのボレアス家も同じだったでしょう。残念ながらエリスを除き失われてしまいましたが)
 その上で、無職転生は上手くいかない家族を否定していません。非常にすばらしいことだと思います。
 たとえ努力しても、たとえ血が繋がっていても、結果的に上手くいかないことはある。それは仕方のないことだ。「上手くいかなかった、家族を大切にできなかった自分はクズだ」と思うかもしれない。でもそれは間違いだ。誰かを大切にできる人間はクズじゃないし、やり直すことはできるはずだ。だから上手くいかなくても、自分を責めないで、誰かを大切にすることを諦めないでほしい。
 これが無職転生という作品のメッセージではないでしょうか。同時にこのメッセージは、読者への応援なのだとも思います。

 というわけで、原作に存在するはずの機微が失われてしまっており、残念に思った回でした。

■16話『親子げんか』
 ほぼ原作通り、余裕がないのもいつも通りで、特に言うべきことはありません。
 今回の話と直接関係はありませんが、ここまで毎回アクションシーンが入っているのは気になります。
 作るにあたって、アクションシーンを入れなければいけない決まりでもあるのでしょうか? アクションシーンがあると、即ち面白いアニメになるのでしょうか?
 常識的にはそんなわけはないと思います。必要のないアクションを入れると、当然尺を圧迫します。そもそも“面白いアクションシーン”自体のハードルが高いため、作るのは大変です。ここまでの尺と説明不足を考えると、2クール目はアクションシーンの優先度が高すぎるように思います。
 友人曰く、「このアニメで見たいのはコミュニケーションであって、アクションではない」ということです。私も同意します。

■17話『再会』
 イマイチ盛り上がらないな、というのが今回の感想です。
 全体的に演出に難があります。気になったのは三つほど。
 まず謎に作画の良いパンです。一見して意味がわかりません。例によって上手くない演出です。
 聞くところによるとルーデウスにとって一年半ぶりのパンだそうですが、それを聞いて困惑しました。これまでパンについての言及は原作を含めほとんどありません。食べ物については多少ありますが、米が恋しい、魔大陸のメシがマズい、大森林とギースのメシがウマいと言ったところです。どれもパンには関係ありません。
 そうした状況で、一体どういう反応を返せばよいのでしょう。「ふーん、そうなんだ」以上の感想がありません。
 せめて思い入れのある食べ物だとか、原作にそうした描写があったと言うならわかりますが。後者にしても、せめてセリフはほしいところです。
 作中の人物が「そういえばパンは久しぶりだな」と思うことに意味はありますが、視聴者(しかもごく限られた)だけがそう思ったとして、何か意味があるのでしょうか?

 二つ目はパウロの顔です。
 パウロがギースに「哀れに見える」と言われ、帰って自分の顔を改めて見るシーン(「ダメかもしれねえな」というセリフがある)と、ルーデウスがパウロの顔を見るシーンです。
 前者はそもそもはっきり顔が見えませんし、自分の顔を確認するような演出に見えません。もっと近景かつまじまじと見た方が良いように思います。なぜ桶をそのまま覗かなかったのか、あるいはその様子を描かなかったのか不思議です。
 後者はルーデウスが回想で思い出したはずの前世の顔が出てこず、パウロの顔と比較できません。前世の顔とパウロの顔を絵的に並べ、重ねてほしいところです。かなり典型的でわかりよい演出だと思いますが、なぜ採用しなかったのか不思議です。おかげで絵的な説得力に欠けたシーンになってしまっています。

 三つ目はルーデウスが演技を変えるタイミングです。
 前世の回想直後にルーデウスの演技が変わるわけですが、この時点では二人の間にはまだ何も起こっていません。ここで演技を変えてしまうと、その後二人が抱き合うという、絵的に盛り上がるシーンとズレてしまいます。つまり、人物のテンションとアニメーションのテンションがズレているのです。「父様、会いたかった!」から変えた方が、より印象深くなるのではないでしょうか。

 ついでに言えば、ヴェラにノルンの世話をさせて自分が飲んでいるのは本当に弁明の余地がないので、せめてノルンを寝かせてから飲んでくれと思いました。
 また、パウロに「女の後ろに隠れて~」と言われた後、エリスの「ルーデウスが隠れてるんじゃないわ!私が隠してるのよ!ダメな父親からね!」というセリフが削られてしまっています。良いセリフだと思うので残念です。

■18話『それぞれの旅』
 面白い回だと思います。
 致命的な点を除けば、ですが。
 例によって説明不足です。そもそもミグルド族が念話ができる一族であることがわかる情報は、9話でのルイジェルドのセリフ一つしかありません。同時に、ロキシーが念話を使えないことの説明も最初に提示してほしいところです。また、ミグルド族の村で言葉が話せるキャラは村長とロキシーの両親のみ(少なくとも作中登場する人物では)ですが、それも説明されておらず、よくわかりません。
 ロキシーの両親は、念話ができない娘のために言葉を覚えたのです。相当エモい話だと思うので、これが明示的にわからないのは残念でなりません。この辺りの状況はもっと強調するべきだったと思います。

■19話『ルート選択』、20話『妹侍女の生まれた日』
 文句なしです。
 船から降りたルイジェルドが深呼吸するシーンは自然ですばらしいと思います。

■21話『ターニングポイント2』
 演出面で二つほど。
 どちらもオルステッドと会話するシーンです。
 一つ目。ルイジェルドとエリスがオルステッドに話しかけられたにも関わらず、後ろを向いたまま話すのに違和感を覚えました。
 やり過ごそうとするのはわかります。が、脅威を感じている相手に背を向けたまま話すのは危機感が足りないとしか思えません。振り向く分反応が遅れるのですから、そのまま襲われたら当然不利です。演出としては、オルステッドが足を止めた瞬間に振り返って武器を構えるくらいはしないとオカシイと思いました。まあ、ルーデウスが会話するのに邪魔になるので、仕方ない面はあるかもしれませんが。
 二つ目。ルーデウスとオルステッドの会話の終わり際、「呼び止めて申し訳ありませんでした」と言ってルーデウスが身体の向きを変えるのですが、オルステッドが話を続けているのに、ルーデウスは完全に背を向けて歩き出してしまいます。会話が終わったという安堵感を演出するためかと思いますが、明らかに会話が続いているのに背を向けるのは不自然です。一旦半身になった後、オルステッドへ向き直り話を聞くのが自然でしょう。

 なお、エリスが火魔術を使うシーンは原作にありませんでしたが、なぜ追加したのか意図がわかりませんでした。

■22話『現実』
 演出に問題があります。
 まず冒頭の夢からして、何を伝えたいのかイマイチわかりません。死の恐怖を伝えたいなら、血を暗示するワインや時間が巻き戻る演出は不要でしょう。だいたい荒唐無稽さが足りず、夢らしくありません。シンプルに殺されかけた場面をフラッシュバックさせる等ではいけなかったのでしょうか。
 朽ち果てた実家で幻影を流すのも筋が悪いように思います。実家での思い出になる場面は1クール目で既に十分描写したはずです。何もない家を映すだけで喪失感は伝わるでしょう。あるいは、エリスとルイジェルドに家の話をしてもよかったかもしれません。「ここが台所で、ここで食事をしていました」「僕の部屋は二階にありました」とか。
 ルイジェルドとの別れも唐突で、なぜいなくなるのか何の説明もありません。ルイジェルドがスペルド族の生き残りを探す旅に出る、という情報は是非ほしいところでした。あと顔芸はやめてさしあげろと思いました。
 エリスとのベッドシーンのワインも不自然な上、破瓜表現だの挿入表現だの露骨に思えます。
 1クール目ではこうした婉曲な演出はほぼ見られなかった(かつ十分以上に面白かった)のに、なぜこうなってしまったのか疑問でなりません。

 一応、ルイジェルドさんの男泣きにはうるっときました。さすがの好演でした。

■23話『目覚め、一歩、』
 よくわかりませんでした。
 前話と同様、演出が上手くありません。
 汗と水滴の演出はまだ理解しやすいです。新しい一歩ということでしょう。
 旅で出会ったキャラクターが映り、全員水(液体)に関係した描写があるのは、恐らくデッドエンドへの手向け水だと思います。エリスとルイジェルドが、デッドエンドの象徴である魔物退治をしているので。
 前世の描写は母親のメッセージと前世のセリフからして……
 考えるのが面倒なのでもういいですね。
 私は「演出が妥当だ」と言うための解釈ゲームをしたくてアニメを見ているわけではありません。

 ほぼすべてにおいて、ルーデウスの新たな一歩との繋がりが見えません。
 ルーデウスが旅路を思い出すでもなく、前世の回想をダラダラと続け、唐突にゼニスの描写が入って出立するわけです。
 アニメーションで見せている、とはとても言えません。
 まあ、設定的にルーデウスに立ち直ってもらっては困るので、繋げてはマズかったのかもしれませんが。
 それならそれで、わざわざ演出で嘘の繋がりを作る必要はないでしょう。
 前半でエリスの描写を詳しくして、後半でルーデウスが失意のまま旅立ち、エンディングで旅で出会ったキャラクターたちを流せば、それでいいのではないでしょうか。
 無駄のない自然な描写があれば、十分アニメーションで見せることはできます。それは1クール目が証明しているでしょう。

 無職転生は、そもそも原作からして婉曲な比喩表現などとは無縁の作品です。無理に凝った演出をする必要はないと思います。

■おわりに
 以上が第2クールの感想です。
 冒頭に述べた説明不足と不自然な演出によって、画面に集中できないストレスあるアニメになっていました。
 1クール目が極めて出来のよいアニメだっただけに、残念でなりません。
 個人的に1クール目と同水準に楽しめたのは、18話〜21話までの4回だけでした。

 「セリフでなく絵で見せる」は、単にセリフを排除することではありません。
 必要な情報をセリフで説明しつつ、冗長にならないよう配慮すること、そして、状況に合わない無意味な絵を無くし、目で見て理解できるアニメーションを作ること。その二つの両立が必要なのだと思います。
 難しいことだとは思いますが、1クール目ではできていたことです。
 せっかく1クール目でルーデウスがコミュニケーションの大切さを学んだのに、2クール目ではアニメと視聴者の間でコミュニケーション不全を起こしているという皮肉な結果になってしまいました。
 もちろん2クール目も全くダメというわけではなく、テンポの良さ等はまだ維持できていたと思います。
 二期以降、これらの問題が改善・復調されることを願ってやみません。

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