教員と芸人の共通点
前回の記事で、教員と芸人が腕を上げるための方法において、共通点があることを述べました。
今回は、教員と芸人との共通点について、別の視点から掘り下げてみようと思います。
私は、芸人時代、様々な芸能事務所を転々としていました。
一時期、私は、都内の、とある事務所に所属し、3人組のコントユニットとして活動していました。
大抵のお笑い事務所は、月に1回程度、所属芸人が持ちネタを披露するライブを開催します。
私がいた事務所は、2部制でライブを開催していました。
2部制とは、どういうことかと言うと
サッカーで言うところのJ1・J2のようなものです。
2部のライブに出演する芸人、1部のライブに出演する芸人、
それぞれ15組程度。
ライブを観たお客さんによる投票制で、2部の上位2組までの芸人が、1部の下位2組と入れ替えとなり、昇格。
入れ替えした結果が、翌月のライブに反映される、というシステムなのです。
もちろん、事務所に所属したばかりの芸人はぺーぺーの存在ですから、2部のライブからスタートします。
事務所のライブで初めてネタを披露した時のことです。
先輩芸人が、自分達の1つ前の出番で、漫才を披露していました。
ドッカンドッカンと大きな笑いを取っていました。
(今日のお客さんは温かいぞ。楽しみだな)
そう思って、自分達の出番を迎えました。
暗転していた舞台が、パッと明るくなりました。
自分達のネタが始まりました。
この時です。
今までに見たことの無い光景に出くわしました。
自分達のネタが始まった瞬間、次のような人が続出したのです。
携帯のメールチェックを始める人。
隣り同士でお喋りを始める人。
受付で配られたチラシに視線を落とし、決して舞台の方を観ない人。
わざと聞こえるように「つまんないんだけど」と言う人。
ショックでした。
その時のネタは、別のライブで何度か披露したことがあり、それなりに結果を出したこともあるような自信作だったのです。
それが、一切ウケなかったのです。
ウケなかったどころか、始まった瞬間にそっぽを向かれてしまったのです。
(ちょっと、待ってくれ!最初からきちんと見てくれたら、面白くなるんだから!)
そう思いながらの熱演でした。
もちろん、そんな気持ちは、一切、お客さんには届きません。
ライブの投票結果は、断トツの最下位でした。
ライブ終了後、メンバーの3人だけで簡単な打ち上げをしました。
この時の私達は、ライブのウケが悪かったことについて、自分達に非があるとは、一切、考えませんでした。
「俺たちの笑いが分からない、あの客がおかしい」
「あの事務所ライブの空気がおかしい」
本気でそう思っていました。
本気でそう言っていました。
そのことを疑いもしませんでした。
それから、しばらくは、事務所ライブに出演するたびに、「お客さんに勝手なことをされる」という洗礼を浴び続けました。
結果は、毎回、最下位でした。
ここで、ようやく気付き始めるのです。
もしかしたら、自分達にも非があるのではないか、と。
確かに事務所ライブは独特の空気があり、新参者はよそ者扱いされる雰囲気がありました。
お客さんは、自分達を観に来ている訳ではないのです。
自分達以外の芸人を観に来ているのです。
だから、自分達のネタが始まると
(早く終わらないかな)
という態度を取るのです。
かと言って、ネタ中に「マナー違反ですよ」と叱る訳にはいきません。
滑っている芸人に、それを言う資格はありません。
結局のところ、ぐうの音も出ないくらいに面白いネタを披露する以外に、この状況を打破することは不可能なのだ、ということに行き着いたのです。
そもそも、ネタが始まった瞬間に勝手なことをされる、ということは、お客さんを「どんなネタが始まるのかな?」という気持ちにさせていないからなのだ、ということに、この時 ようやく気が付いたのでした。
いわゆる、「つかみ」というやつです。
自分たちが有名な芸人だったら、お客さんは、つかみがあろうが なかろうが、待ってくれたことでしょう。
しかし、無名の芸人が前に出てきた場合は、お客さんにとっては、なんの興味も沸かない存在な訳ですから、余程の何かが無い限り、15秒も間が持たないのです。
15秒以内に気持ちをつかまないと、勝手に「つまらない人達」とレッテルを貼られてしまうのです。
それからというもの、台本を作る時は、とにかく「今から何が起こるのかな?」とワクワクするような入りになるように心がけました。
すると、少しずつですが、ウケが良くなり、お客さんのメールチェックや私語がなくなっていきました。
そして、数ヵ月後の投票では1位の成績を収めて、1部に昇格することができたのでした。
今、振り返ると、ネタが始まった瞬間にお客さんに浴びせられた洗礼は、荒れた学級で授業をやった時に子ども達に浴びせられる洗礼によく似ています。
すぐに気持ちをつかまないと、そっぽを向かれてしまう点も、よく似ています。
そして、上手くいかなかった時に、相手側のせいにしがちな点も、よく似ています。(今振り返ると、恥ずかしいことです)
以上の点で、芸人と教員には多くの共通点があるのです。