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【すっぱいチェリーたち🍒】スピンオフ 多さわこ(おおのさわこ)編 ⑨
こちらの記事は、仲良くさせてもらっているうりもさんの企画に乗っかって書いています。
▼ プロローグはこちら。
▼ スピンオフ さわこ編 前回の第⑧話はこちら。
▼▼▼ 今回は、以下の記事の直後か直前のお話となりますので、ご参照くださいませ。
さわこ ・ エピソードⅥ ‐ 黒猫の帰還 - (後編①)
さっきまでガヤガヤとしていた体育館だったが、照明が落とされ真っ暗になった瞬間、嘘のようにシーンと静まり返っている。
いよいよクラス劇の本番だ。
急遽の主役の変更というトラブルがあったが、ここまでの準備は完璧。
クラスメイトがそれぞれの役割を果たそうと身構えている。
多さわこは、小室哲子と共に裏方として舞台裏で次の段取りの準備の為に待機している。
4番目の出し物が終わり、いよいよ自分たちの出番、となった入れ替えの時に舞台の正面あたりがざわついたので少し様子を見てみると、ちょうど舞台の最前列に、白い着物を着てビシッと決めている女性が座り、黒いスーツを着た強面の男性たちが周りを囲むように座ったので、客席側にも異様な緊張感が漂っていた。
舞台の緞帳の内側も、開演直前の緊張感が張り詰めていた。
主役の赤ずきんのハイジが位置につく。
舞台の左袖には、既に老婆役の波都子が待機し、
反対側の舞台の右袖には、魔女役の圭子が待機している。
そして、舞台の後幕にそって、木役の小郷オーエンと草役の吉田吉夫が段ボールで作った木と草の衣装?を身にまとって背景と化していた。
クラス全員の緊張感が最高潮に達したその時、緞帳が上がり本番が始まった。
矢田なぎこが絶妙のタイミングで主役の赤ずきんのハイジにスポットを当てる。
そして急遽主役となりぶつけ本番で舞台に立った垣野先生の演技力。
何が凄いって、ハイジ役を演じてリハーサルに挑んでいた宇利盛男のモノマネをベースにした上で演じ切っているのだ。
なので、よく知らない人が見ると、男性生徒が女装をして演じている様にも見えるし、そういう演出を狙っているのか、矢田なぎこの反対側から照明も兼ねて劇全体を監督している壽賀美の指示なのか、当てられる照明も主役の顔をはっきりと映し出さないような、そんな配慮がされている・・・
・・・ような気がした。
・・・垣野先生ってモノマネも上手なんだ・・・
やっぱり、あの独特な声って、もしかすると日頃からそういう訓練をしているって事なのかしら・・・
なんて事を考えていた多さわこのイヤホンに小室哲子からの指示が入る。
『 垣野先生、セリフは大丈夫かもだけど動きまでは無理かもだから、老婆に照明が移ったら誘導をお願い! 』
了解した、という返答の代わりに哲子が居る方向にむけて黒縁ビン底眼鏡のレンズに光を反射させて了解の合図を送る。この間のリハーサルの中で二人で編み出した光通信である。
老婆役の波都子が演技に入った事を確認して、暗闇に紛れて垣野先生に近づいて、そっと手を引いて誘導する。
垣野先生の演技につられたのか、波都子さんの演技も今まで以上に磨きがかかっている。その後の魔女役の圭子さんの演技も凄い事になっていた。
客席の方も、あまりの迫力ある演技に圧倒されているようだった。
『 場面変わるよ! 』
哲子の指示が入ったと同時に舞台を照らしていた照明が落ちる。
次のオオカミ役の彩子の出番の演出のため、背景等の大道具・小道具を移動させる。
リハーサルではうまくいっていたのに、大道具を動かすときに大きな音を出してしまった。
すかさず『 大丈夫だよ 』と哲子ちゃん。
そばに居た草木役の小郷くんと吉田くんが『 大丈夫大丈夫 』と小さいけれどしっかりと伝えてくれた。
一瞬、どうしよう・・・と焦った心が落ち着きを取り戻していく。
『 次の移動の時、僕らも手伝うね。 』
草木がそう言って励ましてくれた。
さわこは、それがとても心強く感じて嬉しかった。
舞台では、どんどんとお話が進んでいく。
オオカミ役の彩子がセリフをとちってしまっても、それをうまく垣野ハイジがアドリブでフォローしていた。
そのアドリブに、魔女のアドリブまで上乗せされて、一瞬アドリブの応酬が始まったときはどうなる事かとハラハラしたが、それが会場の笑いを誘ったりしつつ、すごく綺麗に自然に王子の登場につないでくれていた。
表舞台で輝く人って、こういう人のことを言うんだ…。
監督として舞台全体を見ている壽賀美は、思わず身を乗り出していた。
その間も、小道具の移動や衣装の切り替えなど、哲子ちゃんと一緒にさわこはあちこち飛び回って裏方に徹していて、心地いい疲労感を感じていた。
次の場面変換。
今度は失敗できない。
小郷くんも吉田くんも手伝ってくれている。
ガタゴト!・・・音が出てしまった!
さわこは細心の注意をしていたのだが、うっかり何かにぶつけてしまったか?と、ちょっと泣きそうになったが、その音は、小郷くんと吉田くんが出した音だった。
『 あ、やべぇ 』
『 やっちまったな 』
草木が二人でテヘペロのポーズをしている。真っ暗で見えないのに。
ちょうど草木の近くにいた哲子が、二人にそっと駆け寄って
『 なにやってんのよ、どんくさいなぁもう(笑) 』
・・・と笑っていた。
そこに戻って来たさわこに、哲子ちゃんと草木が声を揃えて言う。
『 さわこちゃん、肩に力入りすぎてるよ、楽にいこう! 』
心と体が凄く軽くなったような気がした。
哲子ちゃんがすかさず右手を差し出す。
草がその上に右手を重ねる。
木が更にその上に右手を重ねる。
自然と、さわこもその更に上に右手を重ねていた。
4人の小さな声が少しだけ響く。
『 ファイト! 』
劇もいよいよクライマックスに向けて加速していく。
オオカミと王子の喧嘩のシーンは、この劇でも見どころの一つだったが、オオカミ役に彩子、王子役にヨメンという生き別れの双子が演じているのでただならぬ緊迫感のあるシーンとなった。
ハイジに王子がキスをしたがるシーンでは、垣野ハイジのアドリブで危うく本当にキスをしてしまう所だったが、それをオオカミ彩子がアドリブの上乗せで未然に防ぐという際どい瞬間もあった。
後日、監督の壽賀美が垣野先生にこのシーンについて問いただすと、彩子のアドリブ返しが必ずあると判っていた、と胸を張って豪語されたので、本当にキスをするつもりはなかったのだろう。
この時、王子役のヨメンは、垣野先生の呼気にアルコールの気配を感じていたが、その事実はお墓まで持っていくつもりだ。
尚、垣野先生については、酔っていると唇を突き出す習性があるという事は付け加えておく。
そして、そこに喧嘩をやめて!2人をとめて!
・・・と、河合奈保子役の冨永利子が飛び出してくる。
この部分は、吉田吉夫のCG技術と八木風歌の音楽の技術を総動員した光と音の演出が入るので特に力が入っている場面である。
スタイル抜群で読者モデルのような冨永利子の演じる河合奈保子の可愛い笑顔によって、会場で観劇していた男子生徒は漏れなく恋に落ちた。
幸か不幸か、恋多き男、宇利盛男はこの時、保健室で腹痛と独り孤独に戦っていたので、ここで恋に落ちる事はなかった。
このシーンの間に、さわこと哲子は、7人の親衛隊(小人)の準備をしていた。衣装の手伝いやセットの準備、小道具の準備など大忙しだ。
親衛隊①役は、阿久くん、一応親衛隊のリーダーだ。兜に赤い羽根をつけるので、取り付けを手伝ってあげた。
親衛隊②役は、保志田くん、二刀流の魔法使いという設定のようで両手にドラムスティックを持って回している。緊張しているようだったので、鼻の下にマジックで髭を書いてあげた。
親衛隊③役は、風歌さん、あんまり目立ちたくないという希望だったので、超リアルなフルプレートメイルを段ボールで作ったので、すごく喜んでくれた。
親衛隊④役は、"あの人”、なんだか最近元気がなかったし、この役も最初は嫌々の様子だったけれど、リハーサルを重ねる内にみんなに馴染んでいっていた。宇利くんの赤頭巾で余った生地でつくった色違いの頭巾を作ってあげたらすごく喜んでくれた。何か言いた気だったけれど、結局あまり会話はできなかった。
親衛隊⑤役は、千代子さん、朝から焼きそばやおにぎりの調理で大変だったけど、競技かるた部の宣伝も兼ねた衣装(背中に大きなかるたの絵柄)をすごく気に入ってくれていた。
親衛隊⑥役は、寅子さん、早口言葉が得意なので、この劇でも早口言葉を言い続けながら走り回る役回りに抜擢されて、ブーっと頬を膨らませて最初は起こっていたが、リハーサルを重ねる内に早口言葉の精度もアップして凄い事になっていた。
親衛隊⑦役は、蓬田陽介くん、サッカー部のキャプテンなので劇中では終始リフティングしてボールを落とさない演技を要求されていて、すごく緊張している。家が呉服屋さんなので、ラストの殺陣のシーンの着物とか着付けとか、この後も役割が待っている。
さぁ、準備が整った。
7人の出番が始まる。
彼らを舞台に送り出して、次の準備段取りに入る。
次に舞台に送り出すのが、王子の騎士の二人。
騎士①役は、古事くん、身体が大きいので騎士にピッタリ、という事で、終盤で目立つ役をゲットした。オオカミと魔女と最後に死闘を繰り広げる。ちょっと怖そうなんだけど、この劇のリハーサルを通して、さわこは彼が見た目ほど怖くないどころか、とても優しい事を知っている。
騎士②役は、瀬里くん、病気がちで学校も休みがちだけど、劇本番の為に毎日葛根湯を飲んで頑張ってくれた。大きな動きはないけれど、最後の盛り上がりのアクションシーンで重要な役割を果たすので、すごく緊張している。頑張ってね、と声をかけると力ずよく頷いてくれた。
舞台はいよいよ最後の盛り上がり向かっていく。
騎士を従えた王子。
赤ずきんのハイジを狙うオオカミ。
凄い呪文を使おうとしている魔女。
舞台袖で歌いながら争いと止めようとしている河合奈保子。
哲子とさわこ、小郷と吉田は、7人の親衛隊(小人)が馬車にされてしまう仕掛けの準備に取り掛かっていた。
CGを活用した光の演出と、7人の親衛隊の衣装に忍ばせている装置と、舞台袖でたった今組み立てた土台を、一瞬の暗転の内に組み立てて馬車に見立てて移動させる。
舞台上の役者の動きと7人の早着替えと土台と連動した動作で舞踏会へ向かう演出だ。
さぁ、次の暗転した一瞬。
リハーサルでも1回しか成功していない。
緊張感が張り詰める。
一瞬の暗転!
暗くなった瞬間に7人の早着替えが始まる。
彩子や圭子、垣野先生も近くの役者の着替えを手伝う。
裏方の四人は静かに手早く土台を舞台中央に移動させる。
哲子とさわこはそのまま舞台袖に消え、小郷と吉田は、そのまま草木となって背景と化す。
照明が舞台を照らした時には、7人の親衛隊は魔女の魔法によって馬車にされてしまっていた。
会場から拍手が起こる。
舞台袖から裏方に戻った哲子とさわこは、次の出番を控えている大門寺ナナコの衣装の準備にとりかかる。
馬車の移動から舞踏会までの間に、大立ち回りの殺陣のシーン。
さわこのちょっとした悪戯心で生まれてしまったシーンだ。
殺陣のシーンは、壽賀美もどうやって脚本に追加するか悩んでいたが、大門寺ナナコのこの一言でシーンが降って来た。
『 殺陣といえば、徳田新之助よね。 』
魔法の馬車は、舞踏会へ向かう途中で暴れん坊将軍の成敗!のシーンに迷い込むのだ。
馬車になった7人のうち、風歌さん、千代子さん、寅子さんが舞台袖から裏方へ戻ってくる。
風歌さんは、町娘①役。
寅子さんは、町娘②役。
千代子さんは、御庭番②役。
そして、御庭番①役が波都子さんだ。
そこに、馬車の移動に合わせて舞台袖から戻って来た草木の小郷と吉田、馬車から離脱した阿久と保志田も合流する。
小郷くんも吉田くんも、目立つ役をしたくなくて自ら草木役を買って出たのだが、油木先生が、そんな役だけじゃつまらない、と言い出して、ちょうどその時に大門寺ナナコの徳田新之助役が決まったので、油木先生たっての希望で、以下の役を指定された。
小郷くんは、悪代官役。
吉田くんは、悪徳商人役。
阿久くんと保志田くんは、エンドレス斬られ役。
それぞれ着替えの準備を手伝う。
小郷くんも吉田くんも阿久くんも保志田くんも、すごく緊張しているようだった。
なんとかしてあげたいさわこだったが、どうしていいのかわからなかったので、『 頑張って! 』としか言えなかった。
小郷くんも吉田くんも、阿久くんも保志田くんも、リハーサルが終わったあとも居残ってダイナミックに斬られる練習を人知れず頑張っていた事をさわこは知っている。
大丈夫、あんなに頑張ったんだから。大丈夫だよ。
心の中で、四人に精一杯のエールを送って送り出した。
あのBGMに合わせて登場して、あのBGMに合わせて始まった大門寺ナナコ演じる徳田新之助・・・もとい正体を明かした徳川吉宗のキレッキレの殺陣に会場は騒然となった。
特に最前列に陣どっていた着物の女性と黒服たちの盛り上がりが凄かった。
御嬢!御嬢!
という掛け声も時々聞こえてくるようだった。
阿久くんと保志田くんが、ナナコにバッタバッタと斬られては立ち上がり斬られては立ち上がり斬られては立ち上がり、を繰り返す。
会場には笑いが巻き起こる。
斬られながら嬉しそうな阿久くんと保志田くんだった。
さわこもちょっと嬉しい気持ちだった。
最後に残された悪代官と悪徳商人の二人が、大門寺ナナコの『成敗!』の掛け声で、御庭番衆の波都子さんと千代子さんにバッサリと斬られてダイナミックに崩れ落ちる。
あまりのすがすがしい斬られっぷりにさわこは感動で泣いていた。
大門寺ナナコが町娘の二人を助け上げて暗転する。
御嬢ォォォ!というドスのきいた完成が聞こえ、着物の女性がハンカチで目元をぬぐっていた。
さぁ、最後の舞踏会だ。
大急ぎで全員が舞台の切り替え、準備を行う。
背景や照明を舞踏会にして、全員がタップスを取り付けた履物に履き替える。
照明が舞台を照らす。
全役者が整列して音楽に合わせてタップダンスを踊る。
運動音痴の小郷にとっては地獄のような練習の日々だったが、上手に踊れている。
そして、どこで練習していたのか、垣野先生も見事なタップダンスを披露していた。
劇の集大成、矢田なぎこと一緒に観ていた壽賀美は感動していた。
私たちの劇は無事終えることができた。
…いや、大成功したと言える。
そして、あの言葉が脳裏にこだました。
『 あなたは、あなたの茶柱を立てるのよ! 』
今、あそこの舞台でタップダンスを華麗に舞っている垣野先生その人の言葉だった。
・
・
・
全てをやり切って、クラス劇は終わった。
みんなで喜びあって讃え合った気がする。
なんだかそのあとの事まではよく覚えていないが、みんなで宇利くんの所に行こう、という事になった。
何もかもやりきった。
ただ、そこに宇利くんだけが居なかった事が、さわこの心に引っかかった。
宇利くんだけがいないかった・・・
劇は大成功だったよ・・・
でもでも・・・本当にそれでいいのかな・・・
心が少しチクチクする・・・
そして、クラス全員が宇利盛男のいる保健室に集まった。
つづく
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今回は、以下の方に登場してもらいました。
▼ 宇利盛男のうりもさん
▼ 吉田吉夫役のよしよしさん
▼ 貝差彩子役の彩夏さん
▼ 阿久佳祐役のアークンさん
▼ 保志田役のほっしーさん
▼ 橋田壽賀美役のららみぃたんさん
▼ 千代子役のチョコさん
▼ 波都子役のloveheartさん
▼ 圭子役の西野圭果♡さん
▼ 小郷オーエン役の習慣応援家 shogoさん
▼ 油木肉子先生役のゆきママ@男の子4人育児さん
▼ 垣野先生役の書きのたね。ブルボンヌ。さん
▼ 千葉ヨメン役のばちょめんさん
▼ 古事スイカ役のkojuroさん
▼ 八木風歌役の八風(やふー)さん
▼ 小室哲子役のT Kさん
▼ 大門寺ナナコ役のだいなさん
▼ 寅子役のとらふぐ子さん
▼ 蓬田陽介役のよよさん
▼ 冨永利子役のkikiさん
▼ 矢田なぎこ役のやなぎだけいこさん