見出し画像

恋心は秋風に揺れて

ピンポーン♪
(えっ、ちょっと待って、来るの早くない)
ウインナーに切れ目を入れていた手を止め、玄関に向かう。

「来ちゃった!」
「『来ちゃった!』じゃないよ。まだ約束の時間まで2時間もあるじゃん」
「えー、だって早くあおいに会いたかったんだもん」
「もう、しょうがないなぁ。今お弁当つくってるからテレビでも見て待ってて」
「うん。おじゃましまーす」

青垣あおい、25歳、独身。食品メーカーの企画職として働いて3年になる。彼氏のゆうたとは大学時代から付き合いはじめてもうすぐ5年。お互い仕事も安定してきたし、そろそろ結婚の“け”の字くらいは出てきてもよさそうな頃合い。ゆうたにその気はあるのだろうか……。

「今度部屋にこっそりゼクシィでも置いておこうかな……」
ちょっとした悪だくみを思いついて、溶き卵をかき混ぜながら一人にやけてしまう。
「ん? なんか言ったー?」
「あっ、全然なんでもないよー。そっちでゆっくりしてて」
「うん」

「よし、完成」
「できたのー?」
「うん。着替えて準備するから先出てて」
「オッケー。お弁当楽しみだな〜」

写真①

「お待たせ」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」

記録的だと騒がれていた猛暑が過ぎ、照りつける日差しも和らいだ10月の昼下がり。
家から歩いて10分ほどの公園へと向かう。
1年のうちでわたしが一番好きな季節。
下ろした髪が首筋にまとわりつかないし、こうして繋いだ手が汗ばむこともなくなった。
おまけに今日は最高のピクニック日和だ。

駅までの通勤途中に通る住宅街の公園。
いつもはひっそり佇んでいるだけのそれも、さすがに週末ともなると、近所の子どもたちとその保護者で賑わっていた。
適当に空いているベンチに腰を下ろす。
木々の間を穏やかに吹き抜ける風が木の葉を揺らし、心地よく頬をなでていく。
小学校に上がりたてと思しき子どもたちが、きゃっきゃと元気よく走り回っている。

「のどかだねー」
「たまにはこういうデートもいいよね」
「ね、お弁当開けていい?」
「はいはい。ほんと食いしん坊だねー」
「だって、つくってるときからずっと美味しそうな匂いしてたんだもん」

「じゃじゃーん」
「うぉー、やっぱりあおいって天才!」
「いやいや、普通のお弁当だよ」

唐揚げ、卵焼き、たこさんウインナー……。
超がつくほど平凡なお弁当だ。
それでもゆうたはこうして大げさすぎるくらいに喜んでくれる。
目の前のすべり台ではしゃいでいる少年を、そのまま大きくしたような人間が彼だった。
少し頼りないところもあるけど、誰に対しても優しくて、いつも笑っている。

(わたしは彼のこういうところに惹かれたんだよなぁ)

写真②

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「ふぅー、お腹いっぱい」
「もう、食べてすぐ横にならないの!」
「えへへ」

こんなお決まりのやりとりでさえ愛おしい。
毎日仕事に追われる日々の中で、彼と過ごす時間だけがわたしの癒しだった。
ずっとこんな時間が続けばいいのに。
ゆうたも同じように思ってくれているのだろうか。
ときどき不安になるときもある。

「ねえ、ゆうた……」

「うぇーーん」

突然小さな男の子の泣く声が、公園の入り口近くから聞こえてきた。

「どうしたんだろ?」
「大丈夫かな? ちょっと様子見てくるよ」
「わたしも行く」

「ねえ、ぼく、どうしたの?」
男の子の前にしゃがみこんだゆうたが声をかける。
「うぇーん」
ゆうたのことなど気にも留めず、男の子は涙で顔をドロドロにして泣きじゃくっている。
「全然泣きやまないよ。どうしよう。あっ、そうだ。ひっひっふー、ひっひっふー」
「いや、それは違うでしょ」
つい条件反射でつっこんでしまう。
「えっ、違うの? じゃあなんだっけ、これ?」

「ひっく。ひっく。ひひっ」
わたしたちの滑稽なやりとりを見て、男の子がようやく顔を上げた。
「おっ、ちょっと笑ってる」
「ぼく、お父さんかお母さんは?」
ゆうたの横にしゃがみこんで、男の子の顔を覗きこむ。

「しんごーー」
そのときどこかから女性が呼ぶ声がした。
「あっ、ママ〜〜」
男の子が元気いっぱい手を振る。
「あの人、お母さん?」
「うん!」

「すみません、この子がご迷惑をおかけして」
ママと呼ばれた女性が深々と頭を下げる。
「いえいえ、とんでもないです」
「お母さん見つかってよかったね」
「うん!」
しんごという名前の男の子が初めて笑顔を見せた。

「ありがとうございました」
女性は再び頭を下げ、2人手を繋いでこの場を去っていった。

「お兄ちゃんお姉ちゃんバイバーイ」
「もうお母さんとはぐれるなよー」
こちらに振り向いたしんごくんに、わたしたちも手を振り返す。
これで一件落着。

「よっ、ゆうた。久しぶり!」
「え、たかし……? めっちゃ久しぶりじゃ〜ん! 成人式以来?」
「たぶんそうだな。さっきの、お前の子どもか?」
「え、違うよ〜。見てたんならわかるでしょ!」
「わりぃ〜わりぃ〜。えっとー、そちらの人は?」
たかしと呼ばれたその人がこちらに目を向ける。
「あ、紹介するよ。彼女のあおい」
「はじめまして。あおいです」
名前を名乗り、軽く会釈する。
「こっちはたかし。高校時代の同級生なんだ」
「たかしです。よろしく」
笑顔で差し出された手をそっと握り返す。

「たかしってこのへんに住んでるんだっけ?」
「いや〜、配達で通りかかったらたまたまお前を見つけてな。なんか面白そうだったからちょっと見てた」
「それならもっと早く声かけてよ」
「ごめんって。あっ、俺そろそろ仕事戻るわ! また飲みに行こうぜ〜」
「あ、うん。仕事がんばって」
「サンキュ」

写真③

「なんか、賑やかな人だね……」
「うん」
走り去るたかしの背中を2人で見送りながら呟く。

「わたしたちもそろそろ片付けて帰ろっか」
「そうだね。なんか一仕事したーって感じ」
「そんな大したことしてないじゃん」
「あはは」

荷物をまとめて公園を後にする。
さっきまであれだけ賑やかだった公園も、今では子どもたちの姿もまばらになっていた。
「日が傾くのもだいぶ早くなってきたね」
「そうだね。今日の晩ご飯なににしよっか〜」
「んー、カレー!」
「またカレー? この前もじゃなかった?」
「だって、あおいのつくるカレー好きなんだもん」
「まぁ、いっかー。じゃあこのままスーパー寄って帰ろう」

ゆうたの手を引いて歩き出す。
せっかくだからもうちょっと凝った料理でもつくろうかと思ったのに。
でも彼が好きだと言うんだから仕方ない。
カレーが好きなところも、好きなものを何回もリピートするところも、やっぱりゆうたらしくて、また一層愛おしくなるのだった。

写真④

本文中に登場するピクニックバッグは、TO&FROのPICNIC BAG(BEIGE)。薄くて丈夫なナイロン生地に特殊なシワ加工を施したオリジナル素材「Peacock」を使用した、トートバッグにもランチバッグにもなる2WAY仕様です。保温・保冷機能もあり、折りたたむとコンパクトに持ち運べるので、買い物時のエコバッグにも最適。色はベージュの他にグレーとネイビーが選べます。

✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ 

▼TO&FRO:http://toandfro.jp/
▼今回紹介した商品の詳細は下記URLをご覧ください。
PICNIC BAG -ピクニックバッグ-:
https://toandfro.shop/shopdetail/000000000108
▼株式会社SAGOJO:https://www.sagojo.link/
▼TO&FROの認定トラベラーに関しては、こちらをご覧ください。
https://note.com/toandfro_travel/n/nc35f19624c20

✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈ ✈

執筆:TO&FRO認定トラベラー 髙橋諒馬

プロフィール

フリーランスのライター・フォトグラファー。
防衛大学校卒業後、陸上自衛隊の幹部として勤務。自分の人生について悩む中、もっとさまざまなことに挑戦したいと思い退職を決意する。退職後はバックパッカーとピースボートで世界を2周し、これまでに訪れた国は40ヶ国。現在はフリーランスとして、旅行系メディアを中心に執筆・編集・撮影などを行っている。2021年2月〜イギリス(予定)

Instagram:https://www.instagram.com/ryoma3945/
Twitter:https://twitter.com/ryoma3945/
note:https://note.com/ryoma_takahashi

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?