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【連作短編】プエル・アストラ校の生徒達 第1話『アルビとレオ、あるいは魔女屋敷の青薔薇の話』

 アルビとレオは双子なのにちっとも似ていない。
アルビは他の生徒より体が小さく、レオは他の生徒より体が大きい。
小柄なアルビの方が勝ち気で、大柄なレオの方がおっとりしている。
アルビがレオの後ろに隠れたらすっかり見えなくなってしまう、とはデネボラのごんだ。

「デネボラの奴、自分だっていつもつるんでる二人より背が低い癖に、」
「だったらそんな奴の云うことなんか放っておけば良かったのさ。どうして云い合いした挙句にアルビが魔女屋敷へ盗みに入らなきゃいけない羽目になるんだよ。」
「ああまで云われて引き下がれるわけないだろ。それにたった一輪花を取りに行くだけだぜ。大袈裟なんだよレオは。」

 魔女屋敷の庭にだけ咲くという青い薔薇。
それを取ってこられたらアルビが学校一勇気のある生徒であることを認め謝罪する、と云うのがデネボラの約束だ。
 魔女屋敷は町外れの高台にある瀟洒な建物なのだが、生徒達の間では魔女が住んでいる屋敷だと噂されている。
黒いローブに身を包んだ影を見たとか、狼の吠える声を聞いたとかいう噂は山ほどあるのだが、実際に魔女に会ったという生徒の話は聞いたことがない。

『つまり皆怖くて確かめられない臆病者だってことだ。』とアルビは思った。
『つまり魔女に会ったら帰ってこられないのじゃないか?』とレオは思った。

「ねえアルビ、やっぱり魔女屋敷には近づかない方がいいよ。」
「平気だって。怖いならレオはついて来なくていいさ。」

 さっさと魔女屋敷への道を上って行くアルビを、やはりレオは放っておけず後を追いかけたのだった。

「どこ行くんだよアルビ、正門はあっちだろ、」
「お行儀良く呼び鈴を鳴らしたら、魔女が快く迎え入れてくれると思うか?」

 塀を辿って裏口を探す道すがら、向こうにちらほらと見える赤や白の薔薇を見上げる。

「あれが青薔薇だったら話は早いんだけどな。」
「本当に青い薔薇なんてあるのかな。見たことないけど。」
「それを育てられるから魔女なのさ。」

 やっと見つけた通用口に手をかけ、扉が壊れて立て掛けられただけのものであることに気づく。

「随分不用心なんだな。」
「俺達を捕まえるための罠かもしれないぜ。」
「だったらやめとこうよ。」
「ここまで来て帰ったらクラスの笑い者だ。」

 屋敷の庭は色とりどりの薔薇があふれていたが、青い薔薇は見当たらない。
温室を見つけたアルビは『貴重な薔薇が大事に育てられているに違いない。』と考え、躊躇いなく入っていった。
そこにも小振りな白い薔薇があるだけだったが、どことなく他の薔薇とは違うようにも見える。

 屋敷から誰かが出てきたことにいち早く気づいたのはレオだった。

「魔女が来た! 早く逃げよう!」

 慌てたアルビがせめて手近な薔薇を持って帰ろうとして、指に棘が刺さってしまう。

「あっ、」

 瞬間、痛みと共に目眩を感じて座り込んだアルビに、レオが駆け寄った。

「アルビ、」
「レオ、」

 見上げてきたアルビの顔を見て、レオは小さく悲鳴を上げた。
アルビの青い瞳が真っ白になってしまっていたからだ。

「先に逃げてろ、俺今立ち眩みで何も見えなくて……」

 目の見えなくなった原因が立ち眩みなんかではないことはレオにとっては明白だったが、とても云い出すことはできなかった。

 ふとアルビの手の中を見て、そこに見覚えのある色合いの青い薔薇があることに気づく。

「おやおや、子鼠が二匹も入り込んでいるとはね。」

 やや高い枯れた声のする方を見ると、黒衣の老人が温室の入口に立っていた。
肩にかかるぐらいに伸びた銀髪と神経質そうな薄青の瞳で、男なのか女なのか測りかねる風貌。
この人物が魔女屋敷の主人であることは疑いようのない尊大な態度だった。

「花盗人なら赦されるとでも思ったかい? そうだねえ、その青薔薇を僕に捧げると云うのなら考えてやらないでもないけれど……」
「青薔薇……?」

 怪訝な顔のアルビを隠すように立ちはだかり、レオは震えながらも声を上げた。

「あ、あの! この薔薇はアルビの目が見えなくなったことと関係があるんですか?」
「ああ、その薔薇は棘で刺した者の目の色を吸い取るんだ。色とりどりの美しい薔薇ができるなんて素敵だろう? 視力も全て奪い取ってしまうから表には出せないがね、盗人が受ける報いとしてはふさわしいじゃないか。」

 ぞっとするような笑みを浮かべて残酷なことを云う相手に身が竦みそうになるが、大事な片割れを捨て置けるわけがない。

「お願いします、アルビの目を元に戻してください! 花を盗んだことも謝ります、僕なんでもしますから、どうか赦してください、」
「やめろレオ、余計なこと云うな! こいつは勝手についてきただけで関係ないんだ、レオに手を出したら承知しないからな!」

 その時、温室の中へ更なる人物が入ってきた。
黒衣の老人と同じぐらいの年嵩のようだが、背は高く紳士然としていながらも白衣の上からでも分かる程の鍛えられた筋肉の持ち主であることが分かる。

「サード、こんな幼気な子供達をいじめちゃ可哀想だよ。」

 低く深みのある声で取りなすように云う彼を、黒衣はなじるようにめつけた。

「偉そうに、どうせまたお前が裏の戸口を壊したままにしたせいだろう、」
「ああその通りだ、すまなかったね。彼等への責めは俺が受ける。脅かすのはそのぐらいにしておいてあげておくれ。」

 黒衣の人物は眉間の皴をより深くさせて白衣の人物を睨んだが、やがて苛立たし気に髪をかき上げながらアルビの方へ向き直った。

「青い花弁を全て吞み込みたまえ。噛みちぎっても問題はないだろうが、確実に視力を全て取り戻せるかは保証しかねるね。」
「あ、ありがとうございます!」

 その後白衣の人物から貰った水で最後の花弁を流し込み、再び目が見えるようになると、アルビも渋々感謝と謝罪を述べた。

「まったく君達ときたら、魔女だのなんだのと騒いで勝手にやって来て、迷惑なことこの上ないよ。」
「けど、魔女なんだろう? こんな不思議で危険な植物、魔法でもなければできるはずがない。」

 アルビの悪びれぬ物云いにレオは肝を冷やす。
黒衣は相変わらず不機嫌そうではあるが、白衣が悠然としている辺りまだ危険な状況ではないのだろうと思えるのが救いだ。

「魔女の家なら不法侵入していいと君達の学校では教えているのかい?」
「それは悪かったけどさ、俺には青薔薇が必要なんだ。一輪でいいから譲ってくれよ。」
「青薔薇なんてそれこそ青い目の人間から吸い取らなければないし、あったとしても目上の者に対する言葉遣いも分からない者に譲ろうとは思わないね。」

 アルビはすがるような目で白衣の方を見たが、白衣も心当たりがないらしいと知ると頭を抱え、教師に聞かれたら反省文を書かねばならない言葉を使わないようにする自制心を放棄した。

「仕方ないよアルビ、皆にはありのままを話せばいい。」
「何を云ったって、手ぶらで帰ってデネボラが納得する訳ないだろ。あいつに大きな顔をさせておくなんて屈辱だ、」
「へえ、そのデネボラとやらはそんなにいけ好かない奴なのかい、」

 双子がいかにデネボラに閉口しているかを口々に訴えると、黒衣は思いの外悪戯を思いついたような笑みを見せた。

「彼等に手を貸してあげるんだね。」
「そろそろ噂を剪定する頃合いかと思っただけさ。そうだね、ここは植物学博士の家だということにしよう。訪問したら博士は快く迎え入れてくれて、お土産にこの白薔薇の鉢植えを貰ったと云えば良い。」

 黒衣が取り出した小さな薔薇の鉢植えはセロファンに覆われていた。

「ただし、《決してセロファンを外して薔薇に顔を近づけてはならない》。デネボラ君にもそう忠告してくれたまえ。」

「……それで? これが博士から貰った薔薇だと。」

 翌朝三人の少年―デネボラ、ギェナー、サディルは疑わしそうに鉢植えや互いの顔を見交わした。

「ああ。博士は良い人だったよ。別に魔女屋敷でもなんでもなかったという訳さ。青薔薇なんて最初からなかったんだ。」

「決してセロファンを外してはならない、か……、そらっ、」
「うわあっ!」

 セロファンを破り始めたデネボラを制しようとした途端に鉢植えを鼻先に近づけられ、驚いて仰け反ったアルビは倒れそうになる。
レオが受け止めたおかげで倒れはしなかったが、デネボラ達の嘲笑にアルビの顔が赤らんだ。

「ハハッ、何か仕掛けでもしてあるのかと思えば、本当に危険な薔薇だと思っていただけなのかい? こんな小さな薔薇に顔を近づけたところで……ほら、何も起こりやしない。実に芳しい香りだ。」

『やった、』

 これ見よがしに薔薇へ顔を近づけてみせたデネボラは、双子の青い瞳が輝いたことに気づかなかった。
デネボラ達の高笑いは直に教師がやってきた事で収まり、いつも通り点呼が始まった。

 風向きが変わったのはデネボラが呼ばれた時だ。
返事をしようとして喉に違和感を覚えたらしく、咳払いをした途端苦しみだした。
吐き気を堪えるように必死に口を押さえて身悶えていたが、ついに耐え切れず開いた口から花びらが零れ出た。
涙目になってえずくデネボラに慌てて駆け寄ったギェナーとサディルは、彼の口の中から小さな白い薔薇の咲いた蔓薔薇が出てくるのを見て悲鳴を上げた。

騒然となった教室の中で、アルビが愉快そうに笑うのをレオはたしなめたが、「いい気味だ。」というアルビの言を否定することはなかったのだった。

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