case01-12 :交錯
西船橋駅
立地としては総武線や東西線、更に武蔵野線や京葉線と、かなりの路線が交差する路線としては要所といえる土地だ。その割には周囲は古い高さのないビルが多く、そこまで栄えた印象がない。ただその交差する路線の特徴からか、風俗店はそこそこあり、ラブホテル等も不自然に多い場所である。
一括返済をするという名目でホテル近くなら必ず来ると見込んで、狩尾に上川を呼び出すように伝えていた。
<西船橋駅北口のロータリー近くにある地下のサイゼリアに13時>
とまぁ、呼び出しの仕方としては比較的簡単だ。
昼12時、西船橋駅北口。
改札を出た後に下りのエスカレータで待ち合わせの場所へ向かう。
見覚えのあるグレーのロングコートが既に待ち合わせていたタクシー乗り場にあった。エスカレータをくだるにつれて徐々に見えていく彼女の姿に、舞台が幕をあけるさまを連想させられる。
狩尾はまだ気づいていない。「心ここにあらず」といったところか。
目の前まで進み、俯き加減の狩尾を下から覗き込むように声をかける
「おい」
「・・・・え!あっ、お、おはようございます」
昼12時でおはようございますに違和感もあるが、無理もない。彼女自身が今のこの展開に追いつけていないのだろう。
「あの、上川さんに返済するお金、まだトーアさんから借りてないんですが時間大丈夫でしょうか」
慌てたように手櫛で髪を整えながら狩尾が言う。
「ああ、大丈夫大丈夫。あとで渡すから」
この寒さでポケットに突っ込んだ手を出すのも億劫だ。慌てすぎて変な七三分けになっている狩尾を顎でサイゼリアに促した。
・・・
・・
・
「いらっしゃいませー、2名様ですか?」
サイゼリアにつくと店員が無個性な笑顔で明るい声をかけてくる。平日の昼間であることからそれほど混みあってはいない。
「変な感じですみませんが、あとで共通の知り合いが来るまで別席でもよいですか?彼女の席で合流しますので。会計は彼女側の席につけておいてください。最終的に3人になるので彼女の方はソファ席にしてもらえると助かります。」
「え、あ、はい。それでは男性の方はこちらに・・・」
恐らくこのような座席の指定の仕方は珍しいのだろう。多少訝しまれたようにも感じたが、問題はない。嘘はひとつもついていないのだ。
「んじゃ、あとで。はいこれ。とりあえず20万入ってるから」
ポケットに突っ込んでいた茶封筒をガサっと狩尾に手渡す。ずっと手を突っ込んでいたせいか少しシワが目立つ。
「え、あ、はい…ありがとうございます」
狩尾も少し気になったのかシワを伸ばしながら受け取っていた。
自分が通されたのは入口近くのテーブル席。非常に都合の良い場所だ。誰が入ってくるかが良く見える。狩尾が通されたのは3席分ほど離れた場所の4人用のソファ席だった。片側が壁になっている。これも好都合だ。
ソファ席は間仕切りが高いため、座ったはずの背の低い狩尾の姿はほとんど確認できないが不安に押しつぶされているであろうことは想像に難くなかった。
ドリンクバーだけを店員に頼み、何かしていた方が気もまぎれるだろうとLineで都度連絡をする。
<上川には先についてるから待ってると伝えといて>
<別に狩尾さんは話さないでいい。何かあっても適当に話合わせて。>
<大丈夫、大丈夫。俺が勝手に話すから。>
ぶどうスカッシュを少しずつ飲みながら、そんなやり取りをして10分ほど待つ。これからのことを考えるとあまり飲みすぎるわけにはいかない。
ちなみにサイゼリアではぶどうスカッシュ以外はほとんど飲んだことがない。大体どのファミレスだろうが喫茶店だろうが同じメニューや飲み物しか頼まないのだが、こだわりが強いなどではなくただ単純に面倒くさがり屋の側面が強い。あまり自分が食べるものや、身に着けるものといったものに興味が薄いきらいがある。
人工的な紫に色づいた泡を眺めながらそんなことを考えつつ、待ち合わせ時刻まではまだ40分ほどはあった。
・・・
・・
・
しばらくすると色白で小太りの中年男性がノソっと入ってきた。一見するとその辺の公園で弁当でも食べていそうな風貌の男。身長は170cm前後、体格からいうと80kgよりは上だろうか。オールバックの髪は整髪料のつけすぎか?妙に光っており、上下ともグレーのスーツはいかにもきつそうな印象を受ける。
顔は…細い目に大きな鼻と口、どこかアンバランスだ。
男が先ほどの店員と何か一言二言話すと周囲を見回す。狩尾がすっと立ち上がり、男に向かってペコリとお辞儀をした。
こいつか。
男が狩尾の姿を見つけると、ノソっと席へ歩を進め、狩尾の対面に座る。
(いい位置だ)
鼻から3秒ほど大きく息を吸い込み、大きく息を吐く。
気づかれるわけがないのだが、無意識にゆっくりと音を立てずに立ち上がると走り幅跳びの助走のように徐々にスピードをあげつつ<男の隣へ>滑りこんだ。
男が突然隣に現れた俺を見て、細い目を見開く。
位置関係としては男の対面にはテーブルをはさんで俯いている狩尾。男の左側には店の壁。そして右側には俺である。俺が席を立たない限り上川はこの位置から動くことはできない。
「えっ、何。誰?」
と、当然の疑問を上川がぶつけてきた。
その顔を脳に焼き付けるために上川の顔を覗き込む。
「さぁ誰だろうね」
もう逃がさない。
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