case01-13 :包囲
「誰?」
これから裏にあるホテルに女と行く気満々だったところに、見たこともない男が突然現れたのだ。当然の質問だった。
ちゃんとした(?)闇金であればそういった行為も脅す材料にするか、撮影したものを裏に売り払うくらいで、良くも悪くも金銭以外には興味はない。裏を返せばこんなことになっている時点で素人とも言える。
「この状況で現れる男なら誰だと思うんだ?」
身体を相手に向け、覗き込むように様子を伺う。
これは日常生活でも試すと分かるが<人の目を見続けて>話すことは慣れていないと容易ではない。人の目を見続けるだけで脳内のメモリが奪われる感覚になるのだ。目を離さない、離させない。離すときは相手からがこういった<お話合い>の基本だ。
覗き込んだ状態で、時間にして3秒程度が経過したあとだろうか。
「察してるだろうが、こいつの夫だよ」
「・・・」
「上川さんだっけ、本名か偽名か知らんが今、身分証だせよ」
「い、いやですよ」
まぁそうだろう。容易に出すわけがないことは分かっている。
「いいから出せよ、うちのに金貸してんだろ。胸張って出せよ」
「なんでそんな必要あるんですか」
「いいから出せって言ってんだろうが!!」
思わず大声になってしまった…わけではなく、わざとだった。これは経験上の話だが2回目くらいまでは、お店の方には申し訳ないのだが許してもらえるパターンも多い。やるなら最初にやってしまった方が良いのだ。
徐々に上川の額に玉のような汗が噴き出してきているのが分かる。
「大声出さないでくださいよ」
「どうしても出せないの、上川さん」
「ええ」
「わかった、んじゃこのまま警察いこう」
「え?」
「いや、警察行こうよ」
「なんでですかいきなり」
「あんたがうちのに金貸して、ホテルに連れ込んで好き放題してたんですって相談でも聞いてもらおうかと」
「・・・」
上川の先ほどまで汗ばんでいた紅潮していた顔が今度はみるみる白くなる。落ち着こうとしているのか、握りしめた手は膝の上で微かに震えている。
もちろん警察に行くのはこちらも不都合が多い。狩尾の旦那かどうか確認されたら面倒が増えるうえ、弁護士呼んでくださいなんてことになったら更に面倒ごとが増えてしまう。
「あんたさ、うちのにいくら貸していくら残ってんのよ」
「・・・」
「おい、明代。こいつからいくら借りてるんだっけ。いくら残ってんだ。」
視線は上川から外さずに確認する。不意に話をふってしまった狩尾がビクっとするのが視界の端に見えた。
「あと13万で終わりのはず・・・」
「ねぇ上川さんさ、金の話は当然こっちにも非はあんだろうよ。」
「いえ…」
「たださ、金の話だけになってないのはあんたでも分かるよな。それでどうする?この話まだ続けんの。」
「え?いや、どういう意味です」
「自分で考えてよ、察し悪いねあんた」
あまり褒められたことではないのだが、こういう時に上位に立った側は何も要求はしない。実際変にこちらが何かしたら恐喝になってしまう。
あくまで自発的に本人が決めるのだ。
15分が過ぎる。
あたりは楽しく家族の食事や、学生さんたちが勉強にいそしみ、いつもと同じチェーン店の雰囲気だ。ここだけが違う。ねばつくような空気が漂う。
「あの…」
上川がようやく口を開く
「例えばこれは返済をもうなしにするとか、そういう形でもいいんでしょうか」
「警察いこっか」
「ちょっとまってください」
2時間は逃がさないと考えると同時に、癖で懐のタバコに手を伸ばす。「あっ」と狩尾が目で制してくる。近年の禁煙ブームでここは全面禁煙になっていた。
ますます大きくなる苛立ちと手持無沙汰で、机を等間隔でトントンと打つ。
「結局、どうすればいいんですかこれ」
「こっちは身分証だせって言ってんだろ。出来ねぇなら自分で考えろよ」
こんなやり取りが何回か続いた。
もちろん身分証明が必要なわけでも警察に連れていきたいわけでもない。目的は他にあった。その最低限のラインをクリアしない限りはこれを続けるだけでよいのだ。
「上川さんさ、じゃあちょっと提案あるんだけど」
慌てず。
徐々に。
包囲する。
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