遠影灯花

小説っぽい物を書きます。時々、何かの間違いで、おもしろくなってしまうことがありますが、基本的に何も考えていません。

遠影灯花

小説っぽい物を書きます。時々、何かの間違いで、おもしろくなってしまうことがありますが、基本的に何も考えていません。

マガジン

  • 【掌編・短編小説】遠影灯花

    単発のオリジナル掌編・短編小説をまとめました。

  • 【ボツネタ】世界観・キャラ・セリフ消化

    ボツにした設定の断片をひとつの話に搔き集めて無理やり凝縮しています。

  • 【短編集】心解

    テーマ:ほぐす 各話1万字前後の短編集。

  • 【連作掌編】爬虫類女子ムヨクさん

    ガマ子(羽賀真子)と爬虫類女子ムヨクさん(余公三久)の日常を描いた、のんびり連作掌編。創作継続のモチベーション。不定期更新。

最近の記事

【短編小説】Hour Hands

朝、歯ブラシの手を止めて、kはふと、陶製の洗面器に落としていた視線を上げた。 するとまず、大学入学前に浪人した男と目が合った。それから、工学部の修士二年目で留年した男とも目が合って、電子情報工学で博士号を取った男とも目が合った。彼らは一体の影に、諦めて安住することを受け入れたかのように、絶妙なバランスで集約されていた。 四角い顔に、広い額、痩せた頬。太い眉、細く吊り上がった眼。歪んだ鼻筋に、出っ歯を覆い隠すフグのような唇。電卓やゲーム機本体を分解しまくっていた少年のころから、

    • 【短編小説】三百光年先の、その昨日の約束

      二十歳。 十六年に亘って施されてきた義務教育がやっと終わった。卒業証書を受け取ると、市民証の色が青から緑に変わって、安楽死チップの使用制限が解かれた。 これからどうするのか、とナラに訊ねると、高等学校へ進んでスポーツ科学を学ぶつもり、と彼女は言った。幼いころからハードル走をやっていて、プロを目指すのも視野に入れているらしい。あわよくば近い将来、世界記録を更新できそうなんだとか。 頭の出来が異次元に飛び抜けているサニは、すでに大学からスカウトを受けているようだ。数学の研究を突き

      • 【ボツ】蝸牛回廊

        角巻螺縷子の通う夜間定時制高校には、一人、風変わりなクラスメイトがいる。 名を遠影灯花という。 恐らく、いや十中八九、というか絶対、偽名である。担任の早川先生から彼女はエリーと呼ばれている。 角巻が遠影さんの存在を始めて認識したのは、五月の上旬、四コマの時間割を通して健康診断と体力測定が執り行われる日のことだった。入学してはや一ヶ月、しかし、すでにちらほらと退学者や不登校が出始め、連休が明けるころになると、二十人いたはずの学級は五人減って十五人になっていた。 一ヶ月で五人が来

        • 【短編小説】Empathy

          三人の倅たちが急に優しくなった。 それで、ふとおれは思わされた。この男はすっかりジジイになってしまったのだなと。 小さな鏡を隔てて対峙する男は笑っている。口をイーと広げて上顎の歯を磨きながら、疲れたような、淋しいような笑みだ。 禿げ上がってはいないが、六十という年相応に随分と頭皮を曝した白髪頭。退職してからは容姿に気を遣う習慣もなくなり、口周りの無精髭は剃っても剃らなくてもおなじように生え散らかっている。 遠近両用の銀縁メガネは学生のころから使い潰してきた。その奥からこちら

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        • 【掌編・短編小説】遠影灯花
          65本
        • 【ボツネタ】世界観・キャラ・セリフ消化
          1本
        • 【短編集】心解
          4本
        • 【連作掌編】爬虫類女子ムヨクさん
          10本

        記事

          【短編小説】When I Was A Fish

          前世の記憶か、はたまた来世の話なのかは判然としないのだが、今よりもずっとずっと遠くを流れるいつの日か、ぼくは魚だったことがある。 きっと、何度かあるのだ。 ああ、今回は魚か、という思いは定期的にしている気がしている。続けざまに魚だったこともしばしばあっただろう。 他にも、蟹、蛙、蛇。貝、虫、鳥。鼠だったことも、犬だったことも、猫だったことも。鯨だったことも、猿だったことだって、別に一度や二度ではないはずだ。 粒子や物質として存在するものなら、何だった時間が長いのだろうか。

          【短編小説】When I Was A Fish

          プロメテウス

           国民年金を前納一括で支払ってすっからかんになった口座から、かろうじて残っていた千円札を三枚ほど引き出して財布に突っ込み、彼女はさも余裕と気品を兼ね備えたご婦人のような足取りで淑やかに銀行を出る。  四月は特に金がない。ふとそう思ったが、別にそんなことはなかった。五月だろうが六月だろうが、ないものはない。きっと、大晦日の翌日が十三月一日だったとしても、彼女の口座に金がないことに変わりはないのだろう。夏と秋の間に「獄」が、冬と春の間に「凍」が一つずつ追加されて、「新年」も合わ

          プロメテウス

          【掌編小説】Twilight Legacy

          初春の夕暮れ時、島にスターがやって来た。 正確には、帰ってきた、と言うべきか。西側にある島唯一の港に泊まった定期便から、水上志門は桟橋に降り立つ。その風貌は、薄手の黒いパーカーに、穿き古したデニムのジーンズ、右手にクラッチバッグをひとつ携えただけという軽装。前髪が両目を覆い隠すほどに長いこと以外は二十年前と何も変わらず、彼は右肩下がりの側弯の身体をのっぺりとよろめかせて島に足を踏み入れた。 明日は嵐になると聞いて、鈴森小春は観光案内所に併設されている八百屋の外で売っていた野菜

          【掌編小説】Twilight Legacy

          【短編小説】terrarium

          三十代中盤にもなって、小学生時代から付き合いのある旧友と小学生時代の遊び、すなわち湾内の浜辺で石拾いをする日が来るとは思いもしなかった。 「お、これこれ、こぉれなんか良いぞ」 波打ち際で腰を屈めていた岩田輝彦が高らかに声をあげ、ごつごつとした土色の礫岩を掲げてみせた。 「そんなんがいいのか?」 持丸和哉は波に洗われて角が取れた、白くつるりとした卵型の御影石を拾い上げる。 「無骨で味があるだろう」 「ううん……、そうかぁ、解らんなぁ」 どれだけ月日が流れようと、どれだけ空が澄み

          【短編小説】terrarium

          【掌編小説】変幻自在

          ギィ……ガガッ……。ギィ……ガガッガッ……。ギィ……ガッ……アアア――― 青空が近くなって、一瞬だけ浮かび上がり、また元の位置まで戻ってきた。視線の先を舞う鳶の旋回とは逆向きに世界が回って、ゆらゆらと覚束なく揺らいでいる。 身体は骨格を引き抜かれたかのようにへたり込んでいて、ぐにゃりと床板に張り付いて、どうにも起き上がれない。外皮に毛が生えているだけの抜け殻と化してしまったかのようで、少しでも動こうとすれば千切れそうなほど熱い激痛が走る。 すぐ前を横切った水鳥の落とした糞が、

          【掌編小説】変幻自在

          <生存報告2> あけましておめでとうございます。

          <生存報告2> あけましておめでとうございます。

          【掌編小説】鍋底に宇宙

          鍋は良い。 身体が温まるし、手間もかからないし、後片付けも楽だ。ああ、やっぱ寒いとこでは鍋に限る。 毎晩のように鍋を食べている。加熱調理のみの一人用鍋なんて物がスーパーの総菜コーナーに並んじまっているもんだから、俺の中に飼っている料理人は随分と暇を持て余すようになっちまった。それに、昆布出汁、魚介風味、キムチみそ仕立て、スープの“ヴァ”リエーションが豊富だから、一週間その一人用鍋シリーズだけで晩飯を回せちまう。こいつが余計に料理の手間暇という内面文化的な情緒の衰退を加速させち

          【掌編小説】鍋底に宇宙

          【掌編小説】むすんでほどいて

          (↑ のお話からどうぞ) 十二年前の七月二十四日は土曜日で、夕刻の町はゲリラ雷雨に見舞われていた。 夏休みの初日だった。 あたしは十五歳で、中学三年生の受験生。吹奏楽部の練習を一足先に切り上げて、昇降口で靴を履き替えて、このまま塾へ向かおうと校舎を出たところだった。 こんな夕立にもかかわらず、目の前の校庭ではラグビー部がずぶ濡れになりながら、八月に来る中学総体に向けて練習に励んでいた。かと思えば、同じタイミングで練習を終えたのであろう、バスケ部や剣道部の連中が背後の校舎から

          【掌編小説】むすんでほどいて

          【掌編小説】解語之花

          (↑ のお話からどうぞ) 仄暗い静謐の中にふわりと香り立った甘美な調べは、まるで、春の木洩れ日のように、それはそれは柔らかな手触りを纏っていた。 ほのぼのと和らいだ世界の輪郭が、次第に薄れていく。 その温かい音色にそっと撫でられると、冷えて凝り固まっていた空気の結び目がするりと解けて、寒さに凍えていた聴衆の躰は陶然と揺蕩い始めた。 眼と鼻の先で、艶やかな音の精がピアノと戯れている。 人の言葉を理解する花。きっと、彼女のような人を「解語之花」と呼ぶのだろう。もしかしたら、耳

          【掌編小説】解語之花

          【掌編小説】氷解

          (↑ のお話からどうぞ) 最近の子供は、不気味なほど大人びている。 遊泳禁止、バス釣り禁止、餌やり禁止、火気禁止、ポイ捨て禁止、ラジコン・ドローン禁止……。池や遊具、グラウンドや芝生、色褪せた公園を少し見回しただけでも、各エリアに二、三枚は禁止看板が佇んでいる。技術の進歩による避けようのない応酬だろうか、昔と比べると、あらゆる人間の行為に関して、かなり厳しい制限が設けられているような気がする。 そのうち、ボール遊びや虫取りなども禁止されるようになるのだろうか。なんだか、公園

          【掌編小説】氷解

          【掌編小説】魔法は解れて

          その情動を「恋」と呼ぶのだと知る、それよりもずっと以前から、わたしは彼に恋をしていたのだと思います。 恋。 それは、火炎を閉じ込めた氷塊のような、なんとも不可思議な質感を帯びた言葉です。その響きを耳にすると、胸の奥底に温かな火が煌々と灯るようで、同時に、凍てついた鎖に身体の輪郭を固く縛られるような、そんな気分にさせられ、思わず浮足立って身悶えしてしまいます。混ざり合うことのない相反する感情がせめぎ合い、それはどこにも落ち着くことがなく、ただ陶然と、身体中をふらふらと漂ってい

          【掌編小説】魔法は解れて

          【掌編小説】Dancing Reaper

          2023年10月31日のシブヤタウンにおいてのみ、殺人を許可する。 10月6日の正午にヒノマル王国君主の口から放たれた言葉は、当然、ニュースを見る習慣のない現代人に届くはずもなく、二十日以上の猶予があったのにもかかわらず、ハロウィン当日のシブヤタウンはこの有様である。 南瓜頭のジャックと骸頭の髑髏は、地下鉄シブヤ駅構内の隅にある喫煙室で、上司である木乃伊頭のマミィを待っていた。 「シブヤ人のピークタイムはいつ頃なんだ?」 地上へ排出されていく殺戮対象の濁流をガラス越しに眺め

          【掌編小説】Dancing Reaper