『二人の記憶』第77回 これ何?
一緒に買い物に行くスーパーでは幼児が乗れる買い物カートが定位置だった碧も、自在に歩けるようになってカートから降りたがるようになった。亜希子が一人のときは降りたがらないのに、昇太郎も一緒だと降りたがるのだから賢い。
人の間を縫うように進む碧に翻弄されそうになりながら昇太郎は手を引かれてついて行くことになる。
その日の碧は野菜売り場に陳列された野菜の前に立ち止まり、その野菜を指差して昇太郎を振り返る。
「大根さんだねー」
と昇太郎が言うと碧は黙って頷いて隣の野菜を指差す。
「それはブロッコリーだね」
次々と指差して振り返る碧にいちいち応えながら陳列棚の周りをぐるぐるしていると、その先の鮮魚コーナーで亜希子がこちらに向かって手を降っている。
「アオくん、あっちで先に行ったママが呼んでるよ」
と昇太郎が言うと、碧は冷蔵ケースのつまみ菜を指さしたまま視線だけ亜希子の方にやる。そこに亜希子が手を振るのを見てとるや、碧は昇太郎の手を振り払って駆けて行った。
亜希子のスカートの裾をつかんで、今度は切り身魚のパックを指差そうとしている。
「アコ、ごめん、ごめん。アオくんが全部の野菜を指差すから」
と昇太郎が言うと、それはマグロさんだね、と碧に言ってから亜希子は言う。
「最近、いつもなの。スーパーの全商品を覚える気よ、きっと」
「うへぇ。それじゃ買い物にならないね」
「最初はこっちも面白がってたけど、この調子だとねぇ」
と亜希子は苦笑したまま、
「だから、しょーたろーが一緒だと助かる〜。あとはよろしくね」
と言い残してカートを押して乾物の棚の間に消えていった。
後ろで碧が手を引くので見ると、彼の指の先にはパック詰めされたあんこうが口を開けてグロテスクな顔でこちらを見ていた。
つづく